2019年2月25日月曜日

2019年2月14日木曜日

2月13日の通院。

本日は臨床腫瘍科の診察日だった。
しかし腫瘍科にたどり着く前の事前検査の段階で具合が悪いのをあっさり見抜かれ、外科処理室経由であえなく入院となった。検査室で血中酸素濃度を測定すると85%であった...

とりあえずはスルバシリンを1日4回で治療を開始した。
2月16日11時よりタゾピぺに変更。
CRPは12、13両日共に20前後であった。

2019年2月12日火曜日

夜中の息切れ(2月12日)。

夕食を終えてゆっくりしている時に気がついた。
「手がどうも握りにくい。指がむくんでいる...」
早速、利尿剤を飲んだ 。
明日は通院日。明日まで体調が持ってくれたら御の字である。   

2019年2月11日月曜日

夜中の息切れ(2月11日)。

息切れというよりは痛み止め不足の発作の方が近い気がするが、またしても起きてしまった。わかり難い表現だが発作が起きて目が覚めてしまったようだった。

痛み止めが息切れの原因なのか、逆に痛み止めが息切れの症状を改善してくれるのか定かではないが、痛み止めを飲むと確かに症状は改善される。オキシコンチンの量はほぼ午前0時に440mgを服用、40mg増やしていたのだが、しかしそれでも起きてしまった。

まだ朝まで時間がある。とりあえず寝る。

2019年2月9日土曜日

夜中の息切れ(2月4日から2月10日)。

普段はオキシコンチンを一日3回、8時間置きに飲んでいる。朝8時、夕4時、深夜0時の3回である。しかし深夜0時は寝てしまっていて時間通りに飲めず、だいたい2時間遅れの深夜2時に飲む事が多かった。

昨日、2月4日もそうだったが起きるとまず呼吸音がおかしかった。必死に絞り出すように息を吐く音は例の睡眠時の異音にも似ていたが、それが起きているのに続いているのだ。「吸って吐いて」というよりは「ハァーーーシュッ」という「吐いて吸って」という吐く方が長く吸うのは一瞬といった感じだ。

痛み止めの量が足らず"発作を起こしているような、痙攣と共に上半身を反らして必死に息を吐き出そうとする、まるでショック状態のような症状には遭遇した事がなく、「一体、自分の身体はどうなっているんだ?」と面食らったが、発作のような症状は薬を飲むとしばらくして落ち着いてくれた。

以前、お医者様からオキノーム/オキシコンチンは呼吸困難の症状を緩和すると聞いていたので、呼吸が苦しい時はそれを飲む事があった。流石に今回の症状は恐ろしく今後は夜のオキシコンチンだけでも増量しようと思った。


そんな事があってからの2月6日。朝起きた際には、またしても発作が起きてしまったのか、余りに息苦しく、救急車を呼ぶ事を覚悟した。が、朝10時30分になって何とか落ち着き、すんでの所で救急車のお世話になる事を回避した。

そんな風にギリギリまで堪えて覚悟して救急車を呼んでも、病院で症状が収まればベッドを空けるためさっさと返されるのが関の山でもあり、従って「ギリギリまで」救急車を呼ぶのは避けたかったのだ。

しかし呼吸困難は堪えるには余りに苦しいのが本音である。酸素ボンベか、酸素発生器、酸素濃縮器みたいなのをさっさと買わないといけないと思う。まだ良くわかってはいないが、いわゆる在宅酸素療法は酸素ボンベが主流だと思っていたが必ずしもそうではないようで、数万円から10万円前後するが酸素発生器/酸素濃縮器を購入するのもアリのようだ。

痰が増えていて気になったので来週の通院日までアフィニトールは服用しない事にした。それが奏功したのか数日たった2月10日は痰の量も減り体調も回復しつつある。このまま2月13日の通院予定日までたどり着きたいと思う。

2019年1月30日水曜日

30日の夜、痛みに苦しむ。

丁度寝ようかと思った頃、首から右肩の奥辺りに鈍痛を感じ寝られなくなってしまった。痛みの強さは前に書いた「転げ回るまでもないし、転げ回る程でもないし、転げ回れない程でもない」ので最大級の痛みではない。ただ寝られない。ジーンと言った感じの痛みが続いてじっとしている事が出来ないのだ。

痛み止めはレスキュー薬(オキノーム)をもう山ほど飲んでいる。例の15分置きに20mgずつ飲むというやり方で200mgは飲んだろうか?そろそろ気持ち悪くなりそうなのでもう飲みたくない。それでも痛みが収まらないので仕方なくカロナール、リリカ、サインバルタも少しずつ飲んだ。総動員体制である。しかしそれでも収まらないのだ。

こういう時に限って、右わき腹に鋭い痛みが走り出す。しかし飲める痛み止めはもうない。後は数時間後に飲む予定のオキシコンチンが効いてくれるかどうかだ。

そして数時間後。オキシコンチンとその他諸々の薬を飲んだせいか痛みの強さは半分程度になり、昼頃にはいろいろな作業も痛みを堪えれば何とかできる程度に落ち着いてくれた。しかしそれ以上は痛みが消える気配はなく、結局29日の深夜から30日の就寝時まで丸一日続き、31日の起床時には幸い収まった。

しかし痛みの影響なのか呼吸機能の低下が目立ち、息を吸っても胸に入る気がしない、お茶を入れるために席を立つ位でもその後しばらく息切れがする等の症状が残ってしまった。ここまで呼吸機能が落ちてしまっては普通に生活するのはもはや困難かもしれないので、これが一時的な呼吸機能の低下である事を切に祈っている。

という事で、じっと痛みに耐えつつライブでお送りしました。

2019年1月22日火曜日

1月21日の通院。

今日は年末の予約をすっぽかしてしまった臨床感染科の診察日だった。

こちらの具合として、夜な夜な奇声を発する事、階段の上り下り等息切れが激しくなって来ている事、左首筋のリンパ節のグリグリが大きくなっている事等を話した。

X線、採血等の検査は今日は改めて行わず、年末の臨床腫瘍科の検査結果の再確認で済ませた。こちらも異常は見当たらない。

困惑しているのはそうした検査で異常がない...にも関わらず呼吸困難等の症状が出ている事。また左首筋や右脇の下のリンパ節の肥大といった怪しげな症状が現れている...にも関わらず何ら打つ手がない事。どうしたら良いのだろうか?

呼吸困難についてはもし日常生活に支障が出て来るようであれば、「ポッド?(在宅酸素療法)を使った方が良いのかも」と臨床腫瘍科の先生はおっしゃっていると言う事だった。主治医は(今日診察の臨床感染科の先生ではなく)あくまで臨床腫瘍科の先生なのだ。

「ついにそういう時期に来てしまったんでしょうか?」と私は返した。やむを得ないと思いつつも日常酸素ボンベを常に持ち歩かねばならぬ面倒くささを想像すると複雑な思いがしなくはない。かといって呼吸が苦しくなってどうにもならない時の苦しさにはとてもじゃないが堪えられない。さっさと応急用の酸素ボンベをAmazon辺りで買わないと...

そんな事を考えながら次回の診察を予約し席を辞した。
家に帰る途中の駅でヘルプマークというものをもらって来た。ヘルプマークは「義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、援助や配慮を必要としていることが外見からはわからない方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせる事で援助を得やすくなるよう」するもので、東京福祉保健局障害者施策推進部計画課から配布が始まり、次第に全国に広まりつつある。

23日になり首筋のグリグリが痛む事に気がついた。痛み止めを常時飲んでいるので、それで気がつかなかったのかもしれない。しかしもしかしたらこのグリグリはリンパ節の肥大ではなく、腫瘍の転移ではなかろうか?だとしても特に治療はせず「様子見」なんだろうが...

痛み、四肢のマヒ、血糖値異常、呼吸困難と様々な症状が同時に押し寄せ、私の身体は動かなくなって行く...