2017年4月30日日曜日

4月25日の通院。

さて2週間が経った。今朝の体重は65.1kg。量を4倍にまで増やした利尿剤はどうも効果がなかったようだ。
 2週間のうち三日ほど胸の痛みと発熱があったもののそれ以外は変わりなく過ぎた。胸の痛みにしても痛み止めを余分に飲んでやり過ごす以外にはやりようもない。
普段は痛み止めの恩恵を感じないが薬が効いている時といない時の落差は大きい。効いていなければ立ち上がる事も寝返りを打つ事も難儀であるのに、効いていればケロッとほぼ普通に体を動かせるのだから。尤もそれはどんな病気でもそうなのかもしれない。

そんなたいして変わりがない二週間であったので、先生との話も盛り上がりに欠けた。前回から処方してもらった漢方薬の痛み止めはけっこう効果あった事、一方、利尿剤は残念ながら効果が薄かったのか体重は微増した事などを話し終わった。薬は内容も量も変わりなしで次回も様子を見る。数日間の胸の痛みでCRPは幾らか高め、たいしたもので血液検査はそんな変調も見逃さない。

そう言えば世の中は連休なのだ。長い休みをどうするかと考えている方も多いだろう。私は特に予定なく、変わらない毎日を過ごすつもりだ。毎日変わらず過ごせるのなら御の字である。

2017年4月13日木曜日

4月12日の通院。

普段は8時間毎に痛み止めを飲むのだが、目が覚めると薬を飲む時間はとっくに過ぎていて次に薬を飲む時間が迫っていた。痛み止めを一回飲まなくても何とかなるのかと新しい発見をしたような気分だったが、やはり体の調子は悪く自分が薬で生かされている事を痛感した。
 
4月12日は定期通院の日だった。最近気にしている体重は65.1kgで前回から微増、二週間利尿剤を飲んでみたがあまり効果はなかったようだ。体の具合、症状は過去二週間からあまり変化はない。脚のしびれ変わらず、手の麻痺変わらず、体の痛み変わらず。

血液検査の結果を見て電解質のバランスは悪化していなかったので利尿剤を増やしてみる事になった。さらに手の拘縮に効果がある事を期待して痛み止めを一種類追加する。これで次回の通院まで様子を見る。

症状が何とか良い方に向かって欲しいと思う。



2017年4月9日日曜日

尊厳死と治療への希望

今後もし自分の身体が動けなくなるような状況に至ってしまった場合にどういった治療を望むかまとめてみる事にした。と言ってもこれまでたいして要望を抱いていた訳ではなし、今も具体的にこれといった要望はないしどうしたものか...と幾らか調べた所で尊厳死という考え方に出会った。

これだ。万一の際に自分が望む治療として大筋で合っている。日本尊厳死協会という団体があって以下の3ヵ条からなるリビングウィル(Living Will:尊厳死の宣言書)を提唱しているのだ。

  • 不治かつ末期での延命措置の中止
  • 十分な緩和医療の実施
  • 回復不可能な遷延性意識障害(持続的植物状態)での生命維持装置の取りやめ

なるほどベースはこれで十分。これに幾らかつけ加えて自分なりに分かりやすい言葉で書くと次のようになるだろう。

  • もはや痛みと苦しみにはとても耐えられません。可能な限りの緩和措置をお願いします。
  • 保険適用外の治療までは望みません。保険の範囲内でできる限りの治療をして下さい。それで回復が望めないのであれば仕方がありません。
  • どのような治療をしようと、もはや死が不可避な状況に至った場合、苦痛の緩和以外の治療、延命治療は不要です。苦痛を最大限抑えつつ、安らかに死を迎えられるよう御助力下さい。
  • 時期が来たら沈静(セデーション)して頂けるよう要望致します。
  • 臓器提供、献体いずれも希望致します。
  • これまでいろいろして頂いた親、家族、周囲の人々、病院、医師、自らの人生に感謝致します。皆様が長く生きられますように。

また公正証書として「尊厳死宣言公正証書」を作成する事もできるようだ。ネットにも数多くの見本がある。ただし、書類として成立するために次の5つの要素を満たす必要があるらしい。

  • 現代の医学で不治の状態に陥り、すでに死期が迫っていると担当者を含む2名以上の医師により診断された場合、延命措置を拒否する事。
  • 苦痛を和らげる処置は最大限利用する意思表示。
  • 尊厳死宣言書作成について、家族の同意を得ている事と、その証明。
  • 医師や家族に対して法的責任の免責。
  • 当該書式が判断能力のある時に作成したもので、本人が撤回しない限り有効である事の意思表示
という事で死ぬ際の文書作成もなかなか面倒である。



2017年4月3日月曜日

その時が来たのだろうか?

間抜けな問いかけになる。
自分の事でありながらわからないのだ。

がんも末期になり死が近づくと体がむくむのだと、物の本や多くの体験談で語られている。自分の身体にもその症状が現れている。つまり自分の死が間近に迫っているという事なのだろうか?

自分の体の事でありながらわからないのである。
と言っても今の自分が数日のうちに死ぬ状態にあるとは思えない。しかし数週間のうちに迫っているというのならいよいよ準備はしなくてはならない。どうなんだろう?

大変間抜けな質問になってしまうが次回、先生に聞いてみようか?
「先生、私はそろそろ死ぬのでしょうか?」

どんな返事が返ってくるだろう。

2017年4月2日日曜日

3月29日の通院。

臨床腫瘍科の通院日。ダイエットは残念ながらたいした甲斐なく今日を迎えた。
体重は一時は62kgを切る寸前までいったものの、わずか一日で逆戻りし最終的には63.1kgに終わった。いざやってみるとダイエットとは難しいものである。

そして診察。前回の通院から昨日までの二週間の状況を説明する、体重の増加、脚のしびれ、手の拘縮と痛み、そして毎日過ごすのがかなりしんどくなっており何とかならないかと訴えた。

体重増加については利尿剤を使い次回の通院まで様子を見る、痛み止めのリリカが体重増加の原因か何とも言えないが飲んで体調が良くなるのであれば継続して飲むべき、血液検査の結果から脱水症状の傾向が見られ無理なダイエットはしない方が良い等の話をして今回は終了した。

利尿剤は体の電解質のバランスを崩すからと先生は使うのをかなりためらっていたのだがついに使うことになった。また胸部の腫瘍はX線の画像を見る限り変わりはなく、にも関わらず体重の増加等、体調が悪化しつづけているのは何故なのかと聞いてみたが明確な回答はなかった。

という事で診察から数日経過し、ダイエットは止めて利尿剤を飲みだしたが体重は64kg台から動かない。利尿剤が効いているのかいないのか何とも言えない。飲んだその日はかなり体が軽快に動く感じがしたが、日によっては体が重く感じられる。例えばこの投稿を書いている今日は左手の指が錆びついたかのように動かない。

しかし、まだ次回の診察までずいぶんと間があるのだから利尿剤の効果に期待したいと思う。