2018年12月17日月曜日

父の来訪。

私は今は東京に住んでいる。
子供の頃住んでいた田舎は東京から列車で数時間、その田舎から父がやって来てくれた。私を心配しての事だが数時間話しその日のうちに帰って行った。

そんな日帰り等という強行軍を高齢の父に強いてしまう事をまず申し訳なく思った。
それでも父は私の顔を見る事ができ「良かった、安心した。」と言ってくれるのだ。それに何と救われた事だろうか。

幸い今はまだ父も母も健在ではあるが、人の寿命とは残酷なもので、おそらくは10年程のうちに二人ともこの世界を去ってしまう。周りの人間がどれ程嘆こうと、子である私がどれ程嘆こうとそれは変わらないし変えられない。そして、厄介な病を患っている私もそうは長くは生きられまい。もしかしたら先に世を去るのは私の方なのかもしれない。

天寿により両親が、或いは病により私が、いずれが先に世を去るにしても最期の時には別れの気持ち、感謝の気持ち、過ごして来た人生への労い等、ちゃんと言葉を交わしたい。その時にどういう状況にあろうと、それだけは何とか叶えたいと思う。

それにしても私を生んでくれて、育ててくれて、家族として長い時を共に過ごし、今も心配し続けてくれる人に最期できる事がそれだけなら人の生とは何と無常なのだろうか。






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