2014年8月28日木曜日

痛み

この一週間どうも痛みが強くなって来ていて、しばらく小康状態だった病が往時の勢いを取り戻しつつあるように思う。

肩や首の付け根や周辺が特にしんどく、息を吸う際に強い痛みがある。一日この位使うだろうと考えていた倍くらいの量の痛み止めで痛みを抑えにかかっている有様だ。こうも痛みが強いと死というものが間近に迫るのをまざまざと感じ恐怖せざるを得ない。働けなくなる日は案外もう遠い先ではないのかもしれない。

10月までしのげれば、またやれる治療があるのだけど、それまでの一ヶ月が遠い。

2014年8月24日日曜日

闘病

以前、プロフィールの補足で書いた病を患って以来、同じような病気で闘病されている方のブログを数多く拝見して来ました。私の病気も「まれな」と言われるもので、ぴったり同じ病気を患ってらっしゃる方のブログにはお目にかかった事がなかったりします。

ところで私自身はあまり闘病を綴ったブログを書きたいとは思わないのです。そうしたブログはいつしか更新される事がなくなってしまうものが大半で、それは言うまでもなくブログ主がお亡くなりになってしまったからで、そのいつしか更新されなくなってしまうという事がどうも私は嫌なのです。だから闘病に関する事はブログには書かないようにしようと思っていたのですが...

ところが私が書いている句の多くは闘病がらみのもので、書かないようにしようと思っていたはずが事実として闘病をブログに綴ってしまっている事に嘆息せざるを得ません。


神経内分泌腫瘍はかのAppleのSteve Jobsが患っていた病気でもありますが治療の選択肢は決して多くありません。再発転移後の治療となるとさらに限られてしまい、世界中から探しても選べるのは幾つかの薬剤とPRRT(放射性核種標識ペプチド治療)という放射線物質を使った特殊な治療くらいです。

また後者のPRRTとなると日本ではようやく治験が始まったばかりで、国内で期待できるのは前者の薬剤だけになります。その薬剤も保険適用であっても高価なもので、場合によっては治療するのが難しいかもしれません。さらに薬剤もすい臓等の消化器官にできた神経内分泌腫瘍を対象にしたものが多く、私のように胸腺にできた神経内分泌腫瘍は対象外であったりします。

費用を度外視すればPRRTが最も効果的でしょうが、考えてみるとそもそも初期の治療で既に胸部に耐線容量いっぱいに放射線治療を受けてしまっている私のような場合には、さらに放射線を使うPRRTのような治療は選べない気がします。今更ですがそれに気がついてしまいました。


そんな訳で私が受けられるのは治療というよりも緩和ケアが主で、実際、痛み止めだけを処方して頂いてる状況です。腫瘍も結局大きくなる一方なので、それがゆっくりであってもいずれは限界が来るのは避けられないのでしょう。

既に一日中効果が途切れないよう痛み止めを飲み続けている状態ですので、素の状態でどれ程の痛みがあるのか自分でもわからないのです。

以前に比べれば呼吸が苦しくなる等、病の進行を感じさせる症状は出てきていますが、もうしばらく、数ヶ月程度の間であれば普通に生活していく事はできるでしょう。

今のように、まだ体が動くうちに何かしらやれる治療があれば良いのですが、それができないまま日々過ごしていかなくてはならないのは悲しくもありますね。








2014年8月21日木曜日

8月21日の句


  • できものは増大止まず粛々と余命時計の残りを削る

    「できもの」という言葉を使うのは気に入らない。かといって病魔、病、腫瘍のいずれもしっくりこない気がする。

    先月の検査の結果、今年の何回か受けた検査結果と比べ胸部の腫瘍は増大する一方で縮小するそぶりをまるで見せない。白状すると痛み止め以外の治療をしていない訳ではない。医学上エビデンスが十分ではないと言われていても望みをかけて受けていた治療があった。

    しかし、結局増大する一方となると、腫瘍の進行を止める程の効果はやはりないという事なのだろう。それはつまり遠くない将来の死はまぬがれないという事だ。5年はおそらくない。3年も楽観的過ぎるだろう。2年程度だろうか?

    もちろん悲しくはある。この事実を受けて湧き上がる感情はやはり悲しみだと思う。とは言え準備は進めないといけない。このBlogも含め世を去る準備を。



  • 携帯の二年縛りに願を掛け(まだ生きられるとうそぶきぬ)

    これも闘病絡みの句で、気休めにしかならないが二年縛りのスマートフォンとか契約すれば、もしかしたらそれで二年先も生きていられるのではないかと思う事がある。全くバカらしい思い込みだとわかっているのだが、それを支えにしている所が確かにあったりする。



  • 耳だけがぴくぴくと動く石の陰

    全ての句が闘病で埋まらなくて良かった。帰りの途中に猫が寝ていて、良く見る猫で必ず一声掛けるようにしている。それを猫がどう思っているか知らないが耳だけは動かしてくれる。猫が石の陰に隠れていて耳だけが見えている情景の句。

2014年8月16日土曜日

プロフィールの補足

事の始まりは当時勤めていた会社でその年の夏に健康診断を受けた際に胸部X検査で腫瘍が見つかった事です。当初、腫瘍は良性と思われたため内視鏡手術で腫瘍のみを取り除いたのですが、手術中の腫瘍の病理検査で腫瘍は胸腺カルチノイドと呼ばれる悪性腫瘍と判明し、一旦退院した後、一か月後再手術(拡大胸腺全摘)を受け、腫瘍を含め胸腺とその周辺組織を取り除き、更に手術後に胸部の放射線治療を受けました。

その際、入院中に高カルシウム血症、副甲状腺機能亢進症が判明しました。が、その病院ではホルモンの検査ができなかったため年が明けると共に転院し、ホルモンや遺伝子検査等を受けた末に多発性内分泌腫瘍症1型と診断されました。高カルシウム血症の治療としては首にあった副甲状腺は全て摘出し一部を左前腕に移植、また膵臓にもエコー診断の結果、悪性の腫瘍(ガストリノーマ)が見つかりました。

こうして胸腺カルチノイドの2回の手術、手術後の放射線治療、高カルシウム血症関連のホルモン等の検査、副甲状腺切除手術、多発性内分泌腫瘍症の確定診断とほぼ半年を病院で過ごし初期の治療は終了しました。

しかし、数年が経過した2012年7月頃、兆候として胸に焼きつくような痛みがあり、翌年2013年8月の会社の検診で胸部の異常を確認。さらに詳しく検査した結果、胸部縦隔の腫瘍の再発、左右の肺を覆う胸膜への転移が判明したため治療を再開し今に至ります。

という事で私は以下の病を患っています。

  • 多発性内分泌線腫瘍症1型
  • ガストリノーマ(すい臓の悪性腫瘍)
  • 高分化神経内分泌がん(NET G2)(胸腺の腫瘍)
     (以前は胸腺カルチノイドと言われていたもの)
痛み止め(オキシコンチン、オキノーム)を服用して、そのお陰でどうにかこうにか働いておりましたが、病の悪化に伴い2015年10月で退職しその後療養しております。

いつまで普通の生活が続けられるかわかりませんが、闘病についてブログに記録を残しておければと思いました。いつか私がBloggerを管理できなくなっても、Bloggerが私の代わりに残ってくれる事を願って。