2014年9月26日金曜日

腰周辺の感覚麻痺

数日前からの右脚は痛みは痛み止めで和らげる事ができるものの、感覚が麻痺したような症状まではなくす事ができないようだ。右脚を引きずって歩くのが定着してしまった。

麻痺を気にするようになって、右腕の前腕にも右脚と同様に麻痺の兆候がある事に気がついた。それは先日もう書いた事だが、今日は痛みがどうも骨盤にもあって骨盤周辺にも麻痺したような感覚が広がっている事に気がついた。

正直言うと生きた心地がしない。
死ぬのはもちろん怖いが、生きながら自分の身体の機能が失われるのも怖い。麻痺して歩けなくなるとしたら、それは恐怖以外の何物でもない。

来週10月に入る。ハイパーサーミアという治療があって私はそれを半年に一度受けている。半年に一度というのは健康保険上の制約のようで、それを越えた回数の治療は自費で受けなくてはならない。保険適用だと1クール6回から8回セットで3万円程度である。自費だと1クールではなく一回15000円、とても払える余裕はない。

10月になるとようやく前回から半年の制限が切れるので、また保険適用でハイパーサーミアを受けられるようになる。自分の体の各所に現われている麻痺の症状の緩和に少しでも効果がある事を期待して、また受けてみようと思う。

ハイパーサーミアはがん等の治療においては標準的な治療には含まれず、医学的な治療効果は残念ながら公には認められていない。保険適用でありながら効果が認められていない奇妙な治療である。そのうちもう少し詳しくハイパーサーミアについても書いてみたい。


2014年9月25日木曜日

本日は快調なり。

一日どういう訳か体の調子が良かった。痛みがなかった訳でもなく、痛み止めも飲んだが、それでも以前はこんな風に軽快に体が動いたんだなと懐かしくなる程度に調子が良かった。

とは言え今日が良くても明日さらに良くなるなんて事はもちろんない。
いきなり動けなくなってしまう可能性もあるし。

単に体調が良いとか悪いとかそういうレベルのお話しではないのでその辺りは気が抜けない。

2014年9月23日火曜日

痛み止めの副作用

今飲んでいる痛み止めの副作用はいろいろ言われていて例えば吐き気、便秘等がある。

自分の場合、余程一度に大量に薬を飲まない限り吐き気に襲われた事はないのだが、
吐き気以外では、これも薬の副作用なのか時折ひどい気持ちの悪さに襲われる事がある。
これまで2回経験したのだが、どうもこんな順番でそれが発生するように想像している。
  1. 痛み止めを飲む。
  2. 腸の働きが鈍化し便秘になる(気持ちの悪さの原因1)。
  3. 食べたものが消化されず胃に食物がたまってしまう(気持ちの悪さの原因2)。
  4. 消化されないと血糖値が低下し低血糖症状が発生する(気持ちの悪さの原因3)。
上の1から3の原因が複合しておそらく気持ちが悪くなるのだ。補足すると原因2で物理的に苦しくなって吐き気が起こり、原因3で低血糖症状のために頭痛、呼吸困難等が起こる。

対処としては一つは便秘を発生させない事だろうか?痛み止めの服用をやめるのも一案だろうが離脱症候(禁断症状、退薬症候)もあるらしいし、何よりやめた後で痛みに耐えられるかわからない。

この副作用(?)に襲われると大変に体力を消耗する。
昨日は未明にこれに襲われひどい目にあった。
飛び石連休の間の出勤日であったが休みたかったのが本音である。
仕事先でもさぞやひどい顔をしていたであろう。

2014年9月20日土曜日

つらつらととりとめもなく

ちょっと調べてみたが、ここ数日の脚の痛みは腫瘍が脊椎か腰椎を侵食しつつある証左なのだろうと考えている。来月、PETで検査してもらう事になっているのでそれが正しい推測かどうかは間もなくはっきりするだろう。

脚の痛みもだが、ここしばらくの自分の身体の具合を思い返すと、右腕も力が入りにくいような妙な感覚があった事に気がついた。という事は自分の身体はもう四肢の麻痺というか、それに近い事が発生する段階に差し掛かっているのだろうか。

先日の脚の痛みの時のように、突然歩けなくなるような事が起きる可能性はもう否定できない。それがいつ何時でも、明日にでも起こり得るという今の状況は恐怖以外の何ものでもない。時間的な猶予は全くなくなってしまった。

痛み止めは生活していく上でもはや欠かす事ができないものではあるものの、それを飲んでいるがために身体のどこに痛みがあるのかは逆にわかりにくくなっている気がする。
右腕の不調ももしかしたらもっと早くに気づけたかもしれない。

もっとも気づけたから何かできたかと言えば、何もできなかっただろう。
その辺りのどうしようもなさが悩ましい所だ。


それにしても病気の勢いが衰えていない事には失望した。
病が進行しないと思っていた訳でもないが、進行のペースが予想していたよりも早いのだ。それに病気の進行と共に四肢のマヒにより歩けなくなってしまう恐れがある事についてはうかつな事に想像もしていなかった。

もはや緩和治療以外には治療の術がないと理解しつつも、心の中ではそれでも病状が小康状態を保ちそれなりに長く過ごせる事を願っていたのだが、こんなペースで進むのでは今年の年末の自分の姿すら想像もつかない。

休みの日、特に連休ともなるとこんな事ばかり考えてしまう。

そうそう。休みがあっても生活上最低限の買い物等は除き最近は遠出する事がない。経済的に余裕がない事もあるが、遠出した先で痛みが出た時の不安もその一因だ。

それが痛み止めでコントロールできるレベルの痛みなら何とかなるが、外出先でそれを越える痛みに突如襲われたらどうなるか?その時は正直もう救急車のお世話にでもなるしかないだろう。

日々の家と仕事先の行き帰り程度なら何とかなっているが、それ以外の遠出はもはや相当な覚悟がいる。片道数時間の田舎への帰省もそうで今後は余程の事がなければ田舎にも帰れまい。

胸部全体、今度は右脚とほぼ腫瘍の猛威が全身に及びつつある状況では客観的に見ても回復が難しいのは明白だし、ある程度悲観的になるのも仕方がない。仮に神経内分泌腫瘍に効果があるとされる薬を使えたとしてもどれ程「延命」に効果が望めるのだろうか?経済的にあきらめていたが可能ならそちらの可能性も探った方が良いのかもしれない。

別の問題として延命すべきかどうかはあるとして、このままでは通常の生活、さらには生存すらも長くは続けられないのがもうはっきりしている。
最近の病状の悪化でようやくそれを自覚しつつある。

2014年9月18日木曜日

脚の痛みの続き

連休明けの昨日は仕事に行ったものの足の痛みがひどくなり、たまらず早退してしまった。

幸い連休前に病院に行き痛み止めはたっぷり用意できている。
久しぶりに耐え難いレベルの強烈な痛みを経験したが、狂ったようなペースで薬を飲んで痛みに対抗したせいか午後には痛みもおさまってくれた。

そして今日。二日続けて早退する訳にはいかない。十分な量の痛み止めをバッグに詰めて仕事に向かう。痛みを少しでも感じた場合はすぐ痛み止めを飲む。それが良かったのか今日は一日何とか無事に過ごす事ができた。

痛み止めの助けを借りてだが、痛みに悩まされない時はあきれてしまう程にあっさりと平穏に過ごせるのだ。それこそ健康であった時と変わらずに。

ただ残念な事に痛みがなくなってもそれは病状の改善を意味する訳では決してない。
自分自身勘違いしがちだが、この平穏は薬が与えてくれた一時的なものでしかない。

一時的であったにせよ歩けなくなったり、痛みで仕事を早退したりと
生活にも痛みの影響が少しずつ出てきてしまっている。

歩けるうちに、体がまだ動くうちにやるべき事をやらなくては。
でもどうしたら良いのだろうか?いろいろとまだ踏み出せずにいる。

とりあえず毎日を痛みを何とかしのいで過ごせるよう祈るばかりだ。

2014年9月13日土曜日

脚の痛み

正直、きつい。根を上げてもいいだろうか?

右脚はクの字に曲がった状態で鈍痛が終始うずいていて、うめき声を
あげずにはいられない。片時でもじっとしているのがきつい。

堪らず飲んだ痛み止めが効いてくれたのが救いだが、これが週末、
本来なら楽しい三連休の間続くのだ。

胸の痛みに今回、脚の痛みが加わった事で痛み止めの量は格段に増えた。
胸の痛みだけなら痛み止めで何とかなっていたので痛みはコントロール
できているとなめていたかもしれない。甘かった。脚の痛みで段違いに
苦しくなった。しかも下手したら歩けない。

痛み止めを飲んで何とかするしかないが、これが地獄の始まりなのだろうか?

2014年9月11日木曜日

久しぶりの痛み

朝起きたら右脚がつったような感じでまともに歩けなくなっていた。

今日も仕事はあるので、とにかく準備して駅まで行ったが、
乗車中の痛みに耐えられそうもなくホームでしばらく様子見した後、
家に引き返した。仕事は休む事にした。

腫瘍の進行で神経に障った可能性が一番ありそうだ。
昨日までそんな気配はまるでなかったのに突然こうなるとはびっくりだ。

数えもしなかったが、オキノーム散を10包以上、オキシコンチンを10錠以上そんな量の痛み止めを正気の沙汰とは思えないような飲み方でとにかく痛みを止めた。

このまま歩けなくなってしまうとすると生活はどうなるんだろう。
こんな形で、こんな早い時期に自分が歩けなくなるかもしれないなんて
予想もしていなかった。

時間の余裕はまだあると思っていたのに。嗚呼。

2014年9月7日日曜日

お薬のお話し

私の場合、今は痛み止めとしてこんな薬を服用しています。
それで1ヶ月の薬代がどの程度になるかというと...
  • オキシコンチン
    服用:今は1日10錠程度
    薬価:オキシコンチン錠5mg 144.3円
    1日の薬代:144.3 x 10 = 1443円
    1ヶ月の薬代:1443円 x 30 x 0.3 = 12987円
  • オキノーム
    服用:今は1日5包程度
    薬価:オキノーム散2.5mg 67.1円
    1日の薬代:335.5円
    1ヶ月の薬代:335.5 x 30 x 0.3 = 3019.5円
この薬代に1ヶ月に一度通院しているため診療費がかかります。診療費は検査のあるなしでも違いますが5000円から15000円程度なので、1ヶ月にかかる医療費はだいたい薬代 + 診療費で20000円から30000円という所です。

もし神経内分泌腫瘍の治療のため追加で薬を飲むようになるとどうなるでしょうか?
神経内分泌腫瘍の治療薬は以前は諸外国とのドラッグラグも大きく選択できるものは多くはなかったのですが、有力な治療薬がここ数年で相次いで承認され、日本国内でも保険適用の範囲で使えるようになりました。

とは言え承認された薬の多くは「膵」神経内分泌腫瘍に対する治療薬であって、私のような胸部の神経内分泌腫瘍への適応はない訳で、私が使いたいと望んだとしても実際に使えるかどうかはわかりません。まぁ、それはそれで別の問題になりますが。

代表的なものはサンドスタチン、スーテント、アフィニトールという名前の薬です。
高いとは聞いていたのですがWebで薬価を調べてみるとこんな感じでした。
ざっくり計算ですが医療事務は全く知らないので間違っているかもしれません。

  • サンドスタチン
    服用:30mgを4週毎注射
    薬価:LAR筋注用30mg(溶解液付) 瓶  312396.00円
    1ヶ月の薬代:312396.00 x 0.3 = 93718.8円
  • スーテント
    服用:1日1回37.5mg (3カプセル)
    薬価:カプセル12.5mg 7482.4
    1日の薬代:7482.4円 x 3 x 0.3 = 6734.16円
    1ヶ月の薬代:6734.16 x 30 = 202024.8円
  • アフィニトール
    服用:1日1回10mgを経口服用
    薬価:アフィニトール錠5mg 錠 13547.8円
    1日の薬代:13547.8円 x 2 x 0.3 = 8128.68円
    1ヶ月の薬代:8128.68 x 30 = 243860.4円
 * いずれも保険3割負担で計算


確かにどれも高価な薬ですが、幸い保険適用である限りは高額療養費制度があるので医療費の支払いはどれ程かかっても、1ヶ月の負担額上限は

自己負担限度額の計算式 : 80,100円+(医療費-267,000円)×1% 

で約80000円に抑えられます。

で、これは知らなかったのですが、高額療養費制度には、さらに多数回該当の場合負担額の上限はさらに下がって44,400円になるらしいのです。この額であれば何とか支払っていける現実的な負担額と言えるかもしれません。

そうは言ってもこれは健康であれば必要のない負担ですから、病気の治療のため止むを得ないとは言え大変な事には違いないですね。


2014年9月4日木曜日

悪性腫瘍の痛みとは

ここの所、痛み止めのお蔭で痛みに悩まされない平穏な生活を過ごせている。
オキシコンチンとオキオーム散、全くこの2つの痛み止めにはいくら感謝してもし足りない。もしこの薬がなかったら普通に生活する事など考えられないのだから。

私の病は神経内分泌腫瘍という悪性腫瘍で正確には癌ではないかもしれないが、何週間かに一度程度の頻度で極めて強い痛み、いわゆるがんの疼痛に襲われた事がある。実感としてあれは到底「生物」が耐えられる痛みではない。

体がまるで変形するのではないかという痛み。転げまわるような痛みという表現があるが転げまわりはしない。そんな事をすれば更に痛みが増すので動かずじっとしている他に耐えようがない。汗がにじみ耐える体がけいれんする。口からは助けてといううわ言に近いつぶやきか、獣のようなうめき声しか出ない。それが痛みに苦しむ間延々と続くのだ。

いつだったか週末その痛みに襲われ、週明けようやく痛みがおさまってふらふらの体で職場に行った事があったが、後日同僚には絶句する程ひどい顔をしていたと言われたものだ。

人が痛みに耐えられるのは、おぼろげながらであっても、その痛みがいつかは止まるという確信があるからだと思う。しかし痛みの原因が病気で、もはや治療の術がなく、病が消えてなくなる可能性がないとなると、それはつまり痛みは止まず際限なく続く事を意味するのだ。おそらくは痛みに苦しむ当人が死に至るまで。それが悪性腫瘍やがんの類の痛みである。

そこまで極度な痛みでなくとも、襲い来る痛みは闘病している者に死を予感させる。
だから、痛みの強さに関係なく痛みは感じない方が良いのだ。

早晩やってくるであろう死のその日まで痛みなく苦しみなく過ごせる事、それが最良であろう。それに加えて安楽な寝具があれば後は何もいらないという所だろうか。

死ぬのなら、ちょうど今のような初秋の穏やかな日、暑くもなく寒くもなく、欲を言えば痛くもなく苦しくもない、そういう時期に死にたいと思った。

残念ながら(?)今年はタイミングを逸してしまったようなので頑張って一年生きる事にしよう。次の秋に自分が巡り合える事を祈って。