2017年12月24日日曜日

年末も体調が安定しない日々は続く。

昨日は寝込んでいたと思えば、今日は割と普通に起きていられたりする。
体調は相変わらず不安定だ。

この所、足のしびれが余りにもしんどく薬の副作用も疑って調べ、「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」を止めてみた。どうもそもそも長期の服用は推奨されていない漢方薬らしい。それが奏功したのかしびれの症状は軽減はした。今日、起きられたのはその お蔭もある。

それから、しばらく気にしていなかったが、やはりむくみがある。
特にわかりやすいのは右脚のすねで、親指で押すと数ミリずぶずぶと沈むのだ。
体重も68.5kgで70kg目前だ。今年の初めには53kg程度だった人間がである。

それ程に体重が増えたのだ。息切れを感じる事が多くなったが、原因は心肺機能が低下したから、と言うより足りなくなったからだろう。

痛み止めを増やしたのも良かったのか、悪かったのか何とも言えない。
もう20mg増やせる余地はあるので、増やせば幾らかでもマシになるだろうか。

このように試行錯誤の日々が続いている。




2017年12月13日水曜日

今年最後12月13日の通院

通院日だった。これが今年最後の通院日になる。
確か今年は一月初旬の退院から始まった。

その頃を思い出して比べると体の具合は悪化している。退院直後は腫瘍の痛みは仕方がないにしても、それ以外は右脚に軽い違和感がある程度だった。しかしそれから数ヶ月の間に様々な症状が現われて来た。

今ある症状は...
  • 両脚のしびれ、感覚マヒ、痛みが激しい場合は右脚が吊ってしまう。走れない。
  • 左手の指(人差し指、中指)が動かない(曲がったまま伸ばせない)。症状がきついと右手の指(人差し指、中指)も同様に動かない。
  • 血糖値異常(血糖値は通常150から300の間、時には500を超える)。
  • 心肺機能が落ちて来た。頻繁に息切れする。
  • がん性疼痛(右わき腹、みぞおちを中心に上半身各所で激しい痛み)。

血糖値異常については、毎日何度か血糖を測らないといけないので、その度に針を指先に刺さねばならず、指先は針の刺し痕の赤黒いポツポツだらけ、皮も厚くなってしまって一度や二度針を刺しても血が十分に出てこない。最近はどこに針を刺すか悩むようになった。

ちょっと話が脱線してしまったが通院に話を戻して、まず前回の3週間前の通院時の状態から持ち直しはしたものの、そこから体調が良くなって来ない事を話した。

そして話した結果、少しでも良くなる事を期待してオキシコンチンを増量してみる事にした。これまでは 200mg x 3回 で 1日 600mg 服用していたのを 220mg x 3回 = 660mg から様子を見ながら徐々に増やし、二割増しの 240mg x 3回 = 720mg にする。これで痛みや体の不調に余り悩む事なく過ごせた以前の状態に戻れば良いのだが。

前回書いたPRRTについても聞いてみた。

ある先生は、どのような治療にしろアフィニトールが効いている状況で別の治療を模索する必要はないように思うという御意見だった。また、別の先生はPRRTを御存じだった。が、放射性物質を体内に貯留するタイプの治療法は、放射線を遮蔽する必要があるため特別に部屋を用意しなくてはならず、それが最近の病棟のように高層階となるとより難しくなり、それでいて恐ろしく採算が採れないため、結果、そうした治療ができる病院は限られてしまうとおっしゃっていた。

となると、PRRTは大学付属病院のような研究を目標とできるような病院でなければ取り組めない治療なのかもしれない。実際、PRRT絡みで名前を良く聞く病院は大学附属病院が確かに多い。

といった雑談を交えつつ来年もよろしくお願いしますと挨拶して、また袋いっぱいの薬を抱えて帰って来たのだった。

2017年12月10日日曜日

国内でPRRT臨床試験が始まっていた?

ここ数日は寒さも厳しさを増し、昨晩等は布団からはみ出していた足先がかじかんで目が覚める程だった。

ところで元気があった頃はネットで臨床試験情報等をマメにチェックしていたものだが最近はとんと御部沙汰、治療の情報集めをすっかりサボっていた。
このBlogの更新もサボっていたのだが、どうやらその間に日本国内でPRRTの臨床試験が始まっていたらしい。

JapicCTI-No.JapicCTI-173650(ja)
試験の名称ソマトスタチン受容体陽性の進行性膵、消化管又は肺神経内分泌腫瘍患者を対象としたF-1520併用下でのF-1515の第1相臨床試験
組織名富士フイルムRIファーマ株式会社
(JAPIC iyakuSearch 医薬品情報データベースより)

その前に、日本でも2年前からオクトレオスキャンが受けられるようになっていた。オクトレオスキャンは検査用の薬剤の名称でもあり、それを使った検査の名称でもある。
CTスキャン以上に神経内分泌腫瘍を正確に画像診断できる検査だが、海外では当たり前に受けられるこの検査が約20年経っても日本では受けられないままとなっていた。

【 オクトレオスキャン 国内承認状況 】

そしてPRRTである。オクトレオスキャンはこのPRRTの前提条件になっており、オクトレオスキャンで良好な結果が得られなければ、PRRTでも良好な結果は得られないとされている。

PRRTの何が問題なのかというと、それが神経内分泌腫瘍の切り札とも言うべき治療法だからだ。その詳細は省くが、欧米では広く行われている神経内分泌腫瘍の治療方法である。かのApple スティーブ・ジョブズも神経内分泌腫瘍でスイスのバーゼル大でPRRTを受けたという噂を聞く。欧米以外、例えば東南アジア、インド等でも似たような作用機序で名前の異なる治療法があるらしく、ネットの掲示板で見かけた事がある。

そのように海外では至極当たり前に普及している治療法にも拘わらず、PRRTはオクトレオスキャン同様に日本では受けられないままとなっていた。

実はPRRTとほぼ同じ治療法が悪性リンパ腫では日本でも受けられたりする。そこは希少がんに分類されてしまう神経内分泌腫瘍、NET/NECの悲しさだろう。

  • 【 放射性核種標識ペプチド治療】(Peptide receptor radionuclide therapy ; PRRT)

そして、そのPRRTの臨床試験がようやく日本でも始まっていた。それも4カ月前の7月にである。

だが、ネットで調べてみると、あるBlogで富士フィルムRIファーマに問い合わせた方がいて、それによるとまだ被試験者を募集する段階ではなく、それは数年先になる見込みとの事だった。残念ではあるが、いずれ数年先には日本でもPRRTが受けられるようになるのだろう。ようやく日本でもPRRTが進展しつつある事を喜びたい。そして、叶うならその時は自分もPRRTを受けてみたいと思う。その方のBlogには来年第一相試験が始まるとも書かれていた。

ところでこれらオクトレオスキャン、PRRTについて国内では横浜市立大学の活躍が目覚しい。海外に渡航してまでPRRTを受けようという方達がいるが、ここ数年、横浜市立大学はそうした方達の窓口となっていた。例えば、以下のIsotope News 2017年4月号 No.750に横浜市立大学の方達が寄稿された記事はその辺りの事情を語っていて興味深い。


PRRTの臨床試験については次回の通院の際にでもお医者様に聞いてみようと思う。
何か教えてもらえるかもしれない。

2017年11月23日木曜日

半年ぶりの投稿も書く事もなく。

前回の投稿が5月24日なので、ほぼ半年開いた。
正直、書ける事がなかった。数時間毎の薬の服用、2、3週間毎の通院、その繰り返しなのだから。

半年前がどうだったか余り覚えていないが身体の具合も大きくは変わっていないはずだ。両脚はしびれ、手は左手の人差し指と中指の他、指が数本動かないが、身体の痛み、血糖等は食事と薬の服用のリズムが崩れなければ、何とか抑える事ができている。

但し、時折異変はある。
数日前の感染科の通院の折、身体の具合を聞かれ、今日はいつもよりも脚のしびれが強く、指も動かないと応えた所、先生は浮かない顔で血糖が500を超えていると教えてくれた。私の血糖は通常、150から300の間なのだ。内分泌科の先生に相談が行き、点滴を打つ事になった。その後の体調は安定してくれたため無事帰宅できたが、状況次第ではそのまま入院となってもおかしくなかった。

病を抱え健康ではないとは言え、ここしばらくの間、体調は安定はしていたのだ。確認できたのは今回だけだが血糖が500を超えるのは普通ではない。健康であれば起こり得ない事だ。

最近はどうも痛みも強くなっている気がするし、また病が力を増しつつあるような気がする。何かあればまた書こうと思う。

2017年6月1日木曜日

5月24日の通院。

最近の身体の調子は前回書いた通りで、そんな調子で毎日を過ごしつつ5月24日は毎度毎度の通院だった。

70kgに届かんとしていた体重は、目いっぱい服用した利尿剤のお陰か二日三日のうちに65kg台まで戻り、そこから先は容易に下がらないものの何とか66kgを維持している。そのせいか先生も前回の通院時と顔が変わったとおっしゃってくれた。

そして今回は私からアフィニトールを一日2錠に増やす事を提案した。先生は一日1錠でも胸の腫瘍は変わらない状態を維持しており成果が出ているので今敢えて2錠に増やす必要はないのではないかとそれ程気乗りしない風ではあった。

私としては変わりがない状態が続いているからこそ2錠に増やしてみたかった。確かに以前一日に服用するアフィニトールを2錠に増やして体の変調に気付くのが遅れた結果、肺炎になってしまった苦い経験があり、私にも恐怖に近い思いはあるものの、ここは積極的に治療する方を選びたかった。

次回の通院は一週間延びて3週間後になる。3週間ならアフィニトールの副作用が出たとしても何とかなるだろう。白血球の数が3000を切っているのがちょっと気がかりではある。
感染には注意するとしよう。

2017年5月20日土曜日

近頃の身体の具合。

今年一月の退院後はしばらく体調が不安定な日々が続いたが、流石にあれから何カ月か経って体調も安定した状態に戻って来た。少なくとも2、3日毎に寝込むような事はなくなった。
では身体は万全なのかと言うとそうでもなく、逆に少しずつ何かに引きずられるかのように悪化して来ている。退院直後は足に軽いマヒがある程度だったものが、左手に拘縮や関節痛と言った症状が現れ、それが更に右手に拡がり、足もまた歩行の際に力が入らず、次第に踏ん張りが効かなくなって来ている。それ以外の部位も俊敏というにはほど遠い動作で、一言で言うならとにかく体が動かない。

胸部の腫瘍についてはここ数ヶ月の胸部X線画像を比較しても大きな変化はない、にも関わらずこうした症状が出て来るとすると胸部以外のどこかに異常があるという事なのだろうか?

実は昔から尾てい骨周りに腫れや痛み等を感じる事が度々あり気になっていたので1月の入院の際に無理を言ってMRIで調べてもらったのだ。しかし結果は異常なしで終わり、怪しいと睨んでいたにも関わらず空振りしてしまった。

症状としては膝から下、両足のしびれ、両手の拘縮と関節痛、歩行時の脱力感、全身の疲労感だが、原因が胸部腫瘍でも疑っていた尾てい骨周辺の病変でもないとすると一体どこがおかしいのだろうか?左手など身体の左側に症状が現れるという事は体の右側に何かあるのだろうか?

今の所、オキシコンチン/オキノーム、カロナール、リリカ、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)と4種類の痛み止めを服用しており、がん性疼痛にはオキシコンチンが良く効いているものの、手の関節痛等はどの痛み止めも抑え切れていない。その両手の痛みはまるでペンチで指をひねり上げられているようで、我慢できない程強くもないが、かと言って無視できる程弱くもない。日常生活でもペットボトルのふたが開けられない、ドアノブが回せない等、早くも支障が出始めている。また、まだ歩行はできるものの以前に比べれば踏ん張りが効かず、ゆっくりのしのしと歩くのが精一杯である。

という事で「体調」は一時に比べれば確かに安定して来ており悪くはないのだが、日常生活は痛みやマヒという症状に少しずつ蝕まれつつある。痛み止めを頼りに過ごす毎日である。

その後も手の痛みは相変わらずで、痛むために手を強く握る事ができない。物を取り落とす事も増えている。細かな手作業ができないのは何とも厄介である。

2017年5月17日水曜日

5月10日、15日の通院。

5月10日は臨床腫瘍科と内分泌代謝科、5月15日は感染科の診察だった。
10日朝の時点で体重は69.5kgと70kg寸前まで増えていた。

体重がそんな状態なので持っていたズボンはほぼ全てはけなくなってしまい、やむなく買いに行ったのだが、ウエストのサイズはこれまでの76cmから何と85cmになってしまった。

腫瘍科、内分泌代謝科のどちらでも体重が70kgに迫る状態で大変困っている事を話し、何か策はないかと聞いてみた。腫瘍科では利尿剤を限界まで処方してもらった。こちらとしては限界を越えても良いのでとにかく体重を減らしたかったのだがそれは叶わなかった。そして利尿剤以外には手もないとの事だった。続く内分泌代謝科ではインスリンを減らす事になった。それで血糖コントロールにどんな悪影響があるか懸念されたが体重を減らす事を優先し、それで様子を見る事になった。

それからほぼ一週間経って、体重は65kg台まで落ちた後は足踏み状態が続いている。利尿剤が良かったのか、インスリン減量が良かったのか有難いことに体重はとにかく落ちてくれた。次回の通院日まで引き続き体重が減ってくれる事を期待したい。

2017年5月7日日曜日

世間はゴールデンウィークなれど体調悪し。

世の中はゴールデンウィークで休みが続きましたが、こちらはそれとは反対に体調が優れない日が続きました。

症状自体はむくみによる体重増加、足のしびれ、手の痛みと変わりはなかったのですが、連休前よりもそれぞれの症状が一段と悪化したように感じられました。体力も午前中に外に出ると、その疲れの回復に午後いっぱいかかってしまうといった具合で、どうにも元気いっぱいという訳にはいきません。少し体を動かすとすぐ息切れしてしまいます。

頼みの痛み止めが効かないという訳ではないですが、薬が効いている時と切れた時の落差が大きくなりました。切れている時はもう私は長くないのではないかと思う程の体調の落ち込み様です。野生動物であれば自らの命をもはやこれまでと悟り静かに姿を消しかねない状況でしょう。尤も実際にこの先長くないのかは定かではありません。

とは言え体調がそんな状態ではあるので、服用している薬については連休明けの診察の際に改めて相談してみようと思いました。薬の量を増やすか種類を変えれば今しばらく持ちこたえる事ができるものなのか、それができればありがたいのですが果たしてどうか乞う御期待であります。

今日も薬を飲んでようやく落ち着きましたが何とも困ったもんです。

2017年4月30日日曜日

4月25日の通院。

さて2週間が経った。今朝の体重は65.1kg。量を4倍にまで増やした利尿剤はどうも効果がなかったようだ。
 2週間のうち三日ほど胸の痛みと発熱があったもののそれ以外は変わりなく過ぎた。胸の痛みにしても痛み止めを余分に飲んでやり過ごす以外にはやりようもない。
普段は痛み止めの恩恵を感じないが薬が効いている時といない時の落差は大きい。効いていなければ立ち上がる事も寝返りを打つ事も難儀であるのに、効いていればケロッとほぼ普通に体を動かせるのだから。尤もそれはどんな病気でもそうなのかもしれない。

そんなたいして変わりがない二週間であったので、先生との話も盛り上がりに欠けた。前回から処方してもらった漢方薬の痛み止めはけっこう効果あった事、一方、利尿剤は残念ながら効果が薄かったのか体重は微増した事などを話し終わった。薬は内容も量も変わりなしで次回も様子を見る。数日間の胸の痛みでCRPは幾らか高め、たいしたもので血液検査はそんな変調も見逃さない。

そう言えば世の中は連休なのだ。長い休みをどうするかと考えている方も多いだろう。私は特に予定なく、変わらない毎日を過ごすつもりだ。毎日変わらず過ごせるのなら御の字である。

2017年4月13日木曜日

4月12日の通院。

普段は8時間毎に痛み止めを飲むのだが、目が覚めると薬を飲む時間はとっくに過ぎていて次に薬を飲む時間が迫っていた。痛み止めを一回飲まなくても何とかなるのかと新しい発見をしたような気分だったが、やはり体の調子は悪く自分が薬で生かされている事を痛感した。
 
4月12日は定期通院の日だった。最近気にしている体重は65.1kgで前回から微増、二週間利尿剤を飲んでみたがあまり効果はなかったようだ。体の具合、症状は過去二週間からあまり変化はない。脚のしびれ変わらず、手の麻痺変わらず、体の痛み変わらず。

血液検査の結果を見て電解質のバランスは悪化していなかったので利尿剤を増やしてみる事になった。さらに手の拘縮に効果がある事を期待して痛み止めを一種類追加する。これで次回の通院まで様子を見る。

症状が何とか良い方に向かって欲しいと思う。



2017年4月9日日曜日

尊厳死と治療への希望

今後もし自分の身体が動けなくなるような状況に至ってしまった場合にどういった治療を望むかまとめてみる事にした。と言ってもこれまでたいして要望を抱いていた訳ではなし、今も具体的にこれといった要望はないしどうしたものか...と幾らか調べた所で尊厳死という考え方に出会った。

これだ。万一の際に自分が望む治療として大筋で合っている。日本尊厳死協会という団体があって以下の3ヵ条からなるリビングウィル(Living Will:尊厳死の宣言書)を提唱しているのだ。

  • 不治かつ末期での延命措置の中止
  • 十分な緩和医療の実施
  • 回復不可能な遷延性意識障害(持続的植物状態)での生命維持装置の取りやめ

なるほどベースはこれで十分。これに幾らかつけ加えて自分なりに分かりやすい言葉で書くと次のようになるだろう。

  • もはや痛みと苦しみにはとても耐えられません。可能な限りの緩和措置をお願いします。
  • 保険適用外の治療までは望みません。保険の範囲内でできる限りの治療をして下さい。それで回復が望めないのであれば仕方がありません。
  • どのような治療をしようと、もはや死が不可避な状況に至った場合、苦痛の緩和以外の治療、延命治療は不要です。苦痛を最大限抑えつつ、安らかに死を迎えられるよう御助力下さい。
  • 時期が来たら沈静(セデーション)して頂けるよう要望致します。
  • 臓器提供、献体いずれも希望致します。
  • これまでいろいろして頂いた親、家族、周囲の人々、病院、医師、自らの人生に感謝致します。皆様が長く生きられますように。

また公正証書として「尊厳死宣言公正証書」を作成する事もできるようだ。ネットにも数多くの見本がある。ただし、書類として成立するために次の5つの要素を満たす必要があるらしい。

  • 現代の医学で不治の状態に陥り、すでに死期が迫っていると担当者を含む2名以上の医師により診断された場合、延命措置を拒否する事。
  • 苦痛を和らげる処置は最大限利用する意思表示。
  • 尊厳死宣言書作成について、家族の同意を得ている事と、その証明。
  • 医師や家族に対して法的責任の免責。
  • 当該書式が判断能力のある時に作成したもので、本人が撤回しない限り有効である事の意思表示
という事で死ぬ際の文書作成もなかなか面倒である。



2017年4月3日月曜日

その時が来たのだろうか?

間抜けな問いかけになる。
自分の事でありながらわからないのだ。

がんも末期になり死が近づくと体がむくむのだと、物の本や多くの体験談で語られている。自分の身体にもその症状が現れている。つまり自分の死が間近に迫っているという事なのだろうか?

自分の体の事でありながらわからないのである。
と言っても今の自分が数日のうちに死ぬ状態にあるとは思えない。しかし数週間のうちに迫っているというのならいよいよ準備はしなくてはならない。どうなんだろう?

大変間抜けな質問になってしまうが次回、先生に聞いてみようか?
「先生、私はそろそろ死ぬのでしょうか?」

どんな返事が返ってくるだろう。

2017年4月2日日曜日

3月29日の通院。

臨床腫瘍科の通院日。ダイエットは残念ながらたいした甲斐なく今日を迎えた。
体重は一時は62kgを切る寸前までいったものの、わずか一日で逆戻りし最終的には63.1kgに終わった。いざやってみるとダイエットとは難しいものである。

そして診察。前回の通院から昨日までの二週間の状況を説明する、体重の増加、脚のしびれ、手の拘縮と痛み、そして毎日過ごすのがかなりしんどくなっており何とかならないかと訴えた。

体重増加については利尿剤を使い次回の通院まで様子を見る、痛み止めのリリカが体重増加の原因か何とも言えないが飲んで体調が良くなるのであれば継続して飲むべき、血液検査の結果から脱水症状の傾向が見られ無理なダイエットはしない方が良い等の話をして今回は終了した。

利尿剤は体の電解質のバランスを崩すからと先生は使うのをかなりためらっていたのだがついに使うことになった。また胸部の腫瘍はX線の画像を見る限り変わりはなく、にも関わらず体重の増加等、体調が悪化しつづけているのは何故なのかと聞いてみたが明確な回答はなかった。

という事で診察から数日経過し、ダイエットは止めて利尿剤を飲みだしたが体重は64kg台から動かない。利尿剤が効いているのかいないのか何とも言えない。飲んだその日はかなり体が軽快に動く感じがしたが、日によっては体が重く感じられる。例えばこの投稿を書いている今日は左手の指が錆びついたかのように動かない。

しかし、まだ次回の診察までずいぶんと間があるのだから利尿剤の効果に期待したいと思う。



2017年3月20日月曜日

体重計を買いました。

前回の診察の折、脚のむくみを話した際に医者に体重の増減を聞かれ、自分でも体重が増えている自覚があったので、何日か考えて体重計を購入した。

私は若い時から体重が変わらず50kg台の前半をずっと維持していた。どれ程太りたくても太れずどれだけ食べても60kgを超えた事はなかった。それが早速体重計に乗ってみると何と64kg。信じたくはなかったが、むくんだ原因はおそらくこれである。しかしむくんだ結果として太ったのか、太った結果としてむくんだのかはどうでも良い。

しかし体質的にどうあっても太れなかった人間がどうして太れたのだろう。この所、食欲は確かにあった。その自覚はある。しかし食べた物は以前と大して変わっていない、格別太るようなものは食べていないというのに。

1月の中旬まで、退院するまでは50kg前半で体重に変化はなかった。それ以降で変わったと言えば薬か。インスリンと痛み止めとしてリリカを追加した事、それが原因となっている気がする。調べてみるとリリカの副作用にそれらしいものがある。しかし薬は医師の許可なく止められない。それについては次回の診察の際に相談する他ない。

となると今できるのはダイエットである。直ちにダイエットを始める事にした。人生この方自分がダイエットで悩む日が来ようとは思ってもいなかった。次回の通院までに体重を60kg辺りまで落としたい。それを目標としよう。

さすがに2ヶ月で10kg以上太ったせいか体重の増加に身体がついていけず苦しい。むくみや手の指の関節痛等もダイエットで症状が改善してくれると良いのだが。
それにしても世の中ダイエットの話題があふれる訳だ。
体重が増えるとこんなに苦しいのだから。

2017年3月17日金曜日

3月13日、15日の通院。

さて、脚のむくみに気がついてから約二週間、ようやく通院日である。
その間、脚の具合は悪化せず、膝周りがズーンと重く歩きづらさは否めないものの幸い通院するのに支障はない。

13日の臨床感染科の診察は肺炎予後の追跡メインで脚のむくみは関係なく、肺炎も再発の様子はないため今後の通院はさらに間を空ける事になった。

そして15日の内分泌代謝科、臨床腫瘍科の診察である。
幾らか深刻気に脚の症状を説明するも血液検査、X線の胸部画像診断のいずれの検査でも異常は見つからず敢えなく様子見となった。拍子抜けである。しかし二つの科、二人の先生に診察してもらっての結果であれば妥当な結果なのだろう。

そうは言ってもこの脚の状態で日々過ごすのは楽ではない。次回の診察が何とも遠い先の事のように感じられる。しかし泣き言を言った所で誰が、何が私を助けてくれるというのか?少なくとも今は自分が頑張るべき時という事なのだろう。

次回の通院はまた二週間後。
脚はまだ動く。私はまだ歩ける。

立ち上がれば脚が痛し
横になれば首が痛し
如何にすれば安寧に
この世におられるか
何人も其を知らず

2017年3月3日金曜日

3月1日の通院

2週間毎の通院、前回は2月15日、17日、そして直近では3月1日であった。

幸い体調は安定していて特に話せる事もない。
正直、食欲はありすぎる位で血糖のコントロールに困る程だ。

しかし、ここ数週間のわずかな間でもどうも体は動かなくなっている。
脚に続いて両手、特に左手がおかしい。どうおかしいのかと言えば、例えば起き抜けに手のひらが開かない、左手の指が伸ばせない、立ったり座ったりの日常の動作もできるとは言え時間がかかる。壁を支えに立ち上がるのに10秒、座るのに10秒という具合である。

幸い、痛み止めがそうした症状にも効くようで、薬を飲めばほぼ普通の生活がおくれる状態になる。だから薬が効く限りは何とかなるだろう。

だが先日など、その薬がちょうど切れた時に宅配便が来てしまい、入口のドアにたどり着きたくとも思うように体が動かず、ドアまでの進路上にある椅子やら掃除機やらを全てなぎ倒し、おまけに自分も倒れつつたどり着くのがやっとであった。部屋の中の音が聞こえていたのだろう、宅配便の人は笑っていた。

話戻って、診察の折、体が動かない事ももちろん伝えるが、先生は原因は不明とおっしゃる。実は原因がわからない症状も少なくないのだと。確かに前回の入院の際、脚の神経の検査をし、神経内科の先生にもお出ましを願ったが、それでも原因はつかめなかったのか担当の先生からは結局はっきりした説明はなかったのだ。

薬が効く限りは何とか生活できるとは言っても、以前に比べれば長時間の作業は難しくなっている。それを疲れによるものと言ってしまって良いものか、何かした後でとにかく横になりたくなる事は増えた。

体が動くうちにやりたい事もあるが、買い物をする、食事を食べる、風呂に入るといった最低限の生活をこなすのが精一杯になりつつある。それでも、それができる事に感謝し、できる限りそれが長く続く事を願うばかりである。

次の通院も2週間後の予定である。

と、書いた所で先刻どうも脚がむくんでいる事に気がついた、特に脛(すね)、指で押したりなぞったりすると指で圧した跡がくっきり残る。こんな事は人生このかた一度も経験した事がなかった。ネットで調べてみても、がんの末期でむくみ、浮腫というと悪いばかり書いてある。ここ数週間妙に食欲があって体重が増えた気はしていた。様子を見て具合が悪そうであれば通院の予定を早めよう。これが終わりの始まりになりませんように。

2017年2月3日金曜日

2月1日の通院

月が変わり初めての臨床腫瘍科、内分泌代謝科の通院。
ありがたい事にここ一週間は体調も安定していて今日も問題なく病院に行く事ができた。

お医者様には今まで飲んでいた麻薬系の痛み止めが効かない痛みが出て来ている事を話し気休め程度かもしれないがカロナールという痛み止めを追加してもらい、また最近の病状から親が心配しており、仮に田舎に帰るとしたら紹介してもらえる病院はあるかといった事を質問、最後はいつも通り次回、二週間先の通院を予約して終わる。

最近の朝起き立ての体の具合には、日常の活動をとてもこなせるとは思えない心細さを感じる。脚がしびれている、喉が変に腫れている、体の右側が痛い、どうも首が回らない等々、自分の体がしきりに不調を訴える中、痛み止めを始め多くの薬を飲んで体調を整えて、ようやく人並みに体を動かせるようになる。不思議ではあるが、こんな状態でもまだ体は動くのだ。

これがいつまで続けられるのか?医者にも自分自身にもおそらくは誰にもわかるまい。
それでも数か月は大丈夫だろうか?今のうちに準備は進めないといけないのかもしれない。


2017年1月29日日曜日

1月16日の通院

1月16日は臨床感染科の診察だった。だが朝から原因のわからない右胸部の痛みに襲われていた。オキノームも相当量、200mgは飲んだがそれでも痛みは収まらなかった。それで診察の際にカロナールを処方してもらった。それで効果があったのかはわからないが次の日に痛みは収まっていた。とは言え痛みの原因はわからない。

体自体が衰えている証なのか、こういう原因がわからない不可思議な症状に襲われる事が増えている。その後も16日程強くはないが、同種の痛みに時折襲われるものの、何種類かの痛み止めのお陰か何とかやり過ごせている。取り敢えず次の診療日まで持ちこたえるのが目標である。

驚くべき事にまだ1月である。入院、退院、救急車といろいろあったのにまだ一月経っていない。なんと時間の歩みの遅い事か。

2017年1月14日土曜日

初めて救急車のお世話になったものの

退院はしたものの体調は優れず食事がロクに取れない日が続いた。体が動かず買い物もできない。それで思い余って遂に初めて救急車を呼んだ。

しかし様々検査した結果、特に異常はないという診断で点滴を受けてその日のうちに帰える事になった。地下鉄も終電がとうに終わっていて、タクシー以外に帰る術がない、それでさも当たり前のように帰るように言われびっくりした。幸いタクシー代を払えるだけのお金が財布にあったから良かったものの、そうでなければ帰る事などできなかっただろう。

深夜に次々と緊急の患者が運ばれてくる病院ではそんな事は至極当たり前なのかもしれないが、初めて救急車を利用した身としては驚きの連続だった。私が世間知らずであったと言われれば返す言葉もない。

この病院にはもう10年近くお世話になっていて信頼が揺らぐ事はないが、しかしこういうサービスをする病院に世話になりたくないなと思った。ふざけて救急車を呼んだ訳ではもちろんない。どうにもならず必要を感じたから救急車に頼ったのだが、これでは具合が悪くても今後救急車に頼るのはためらわざるを得ない。

2017年1月11日水曜日

唐突に退院。

先週までは退院の「た」の字も聞いていなかったのだが、連休明けの今日、唐突に明日退院と決まった。

入院していると、外来で診てもらうよりも懇切丁寧に病状を説明してもらえるかと思えば、決してそんな事はない。聞かないこっちが悪いという理屈かもしれないが、検査の結果等も説明されない事も多いのだ。

脚の異常についてはMRI、神経伝導検査と続け様に検査を受けた。

前者のMRIについては正月明けに整形外科の診察を受け、若干狭くなっている箇所があり全く問題がない訳ではないが、脊髄には歩行困難となる程の異常はないという診断であった。実は腫瘍の骨転移を最も危惧していたので、それがないとわかっただけでもありがたかった。
一方、後者の神経伝導検査については悪い所があった程度の説明しかなかった。

退院の際に多少突っ込んで、脚の異常の原因は何か、治療して改善の見込みはあるのか等、聞いてはみたものの原因は複合的なもので、治療して改善するかは不明、血糖のコントロールに留意する事程度しか聞けなかった。

難物の胸の腫瘍は置くとして、この脚の感覚異常は逆上ると2年程前に右脚が歩けない程の強烈な痛みに襲われた事があり、それからの付き合いになる。
痛み自体は幸い2日程度でおさまり、またそれ程に強い痛みを経験する事は以後なかったが右脚には感覚異常とマヒが残った。ちなみにそうしたマヒの症状が出た場合は48時間以内に病院に行かないと行けないのだそうだ。それをゴールデンタイムと呼び、さもないと回復するはずの症状も回復しなくなってしまうのだそうだ。

その状態がしばらく続き、昨年の夏、右脚だけでなく左脚にも同様の症状が出るようになった。それは肺炎の治療のための二度の入院を経て退院しても回復する事はなく、ゆっくりとではあるが次第に悪化しつつ今に至っている。

脚の症状の中で、うずくような違和感については幸い新しく服用する事になった痛み止めのリリカが効いているようだ。24時間ずっとそのうずきには悩まされていたので、それがなくなるだけでもありがたい。

退院して今後どうなるのであろうか?
不安は尽きない。




2017年1月1日日曜日

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
という事で今年の正月は病院で過ごしております。

肺炎の治療のため夏に退院してからオーグメンチンとサワシリンという薬を飲んでいました。ところがこれらの薬は私と余程合わなかったのか飲みだしたその日から途端にお腹の調子が悪くなりました。お医者様に薬の量を減らせないか聞いた所、下手に減らすと細菌に耐性がついてしまうため減らせない。飲むか飲まないかであると言われ、以来12月になるまで頑張って薬を飲み続けました。この薬のせいか毎日腹痛、下痢等に悩まされ辛い日々を過ごしたのです。

12月の今回の入院で検査した所CDトキシンが検出され、飲み続けていた2つの薬は即刻中止となりました。結果、お腹の調子は大きく好転し、今は快適に過ごせています。が、逆に言えば肺炎の治療は完治しないまま中断してしまった事になります。

ちなみにCDトキシンは長期間抗生物質を服用していた場合に起こりやすい症状で、抗生物質を服用すると良い方、悪い方、双方の腸内細菌を殺してしまうのですが、その後Clostridium Difficile(クロストリジウム・ディフィシル)という悪い方の細菌が増えて毒(トキシン)を出すというものだそうです。

要するに一旦、腸の中の善玉菌と悪玉菌の双方を全滅させてから、善玉菌だけを育成しなおすつもりが失敗して善玉菌ではなく悪玉菌が育ってしまったという事なんでしょう。

入院の理由であった低カルシウム血症は早々に改善し、胸の腫瘍も落ち着いているので、残るは脚のしびれというか感覚異常というかの治療です。

痛み止めとして今までのオキシコンチン(20m錠 x 12個 x 2回 = 480mg)/オキノーム(適宜)に加え、リリカ(プレガバリン 300mg/日)を追加しました。リリカは神経障害性疼痛に特に効果がある痛み止めとの事ですが、今の所、脚の異常には効果がはっきり現れていないようです。

実は脚の異常はこれ以上悪化したら歩行困難となり入院する他ない瀬戸際の状態にはなっていました。だから脚の異常に焦点を当てて治療頂けるのは実にありがたく、脚がこうなってしまった原因の追求等、今後の治療には期待しています。

正月という事で病院の食事も特別メニューだったりで、とりあえず穏やかな元旦を過ごせています。