2018年12月31日月曜日

作戦「帰省」を決行する!

何日か具合の悪い日が続いたが今日は随分と調子が良かった。

今日中にやっておきたかった用事は結局完遂する事はできず、1月4日以降にならないと打開できそうもない事が判明。だったらせめて田舎に帰る方法だけでも考えてみようと帰省のルートを検討してみた。

私の田舎はN県のM市。電車で東京からだと2、3時間かかる。ルートは昔からの中央線経由の南回りと新幹線での北回り。他に高速バスもあるが乗車する場所を新宿と上野のいずれにするかで特に高速バスには利用できる本数にかなり差が出て来る。東京の東側に住んでいるので上野から乗車したい。となるとルートは北回りに決定、後は電車かバスか...バスの場合上野から利用できるのは夜行の1本だけだが料金は格安、電車はバスよりも早く着くし本数豊富だが料金は高し...

どういう訳か大晦日の夜、バスの予約はガラガラであった。どうやら予約が楽というその点に惹かれて未知数だが今回利用するなら高速バスか...

その大晦日の夜、体調は不思議な位良かった。数日間の不調の後、ようやく体調が回復した今日を逃しては今回の帰省は叶わないかもしれない。どのみち1月4日までは用事もどうにもならないのだ。だったら帰省する方が良くはないのか?

今夜帰省すると田舎に伝えると「病気がちなお前がこの厳寒期に来るのはどうかしている」と猛烈に反対された。だがバスの料金は支払い済みでキャンセルは気が進まなかった。

正直言うとここ数年帰省できずにいた。体調を考えると来年の帰省は更に難しくなるだろうし、だったら今でなくては帰省なんぞできないのではないかと思った。

寒さに備え精一杯の厚着をし、しばらくの間、家を留守にした。

2018年12月29日土曜日

何とか帰省したいものの...

肝心な体調がここ数日思わしくない。

だるい訳ではないが体が動かず、結構一日横になっている事が多い。
血糖値が高い事がまず災いしているように思う。
それに加えて突発的な痛みがひっきりなしにあって痛み止めで何とか抑えている。

体調以外では年内に片づけないといけない用事が1つ、2つ残っている。
その用事が片付けば帰省できるかどうかはもう体調一つにかかって来る。
あまり大荷物にすると呼吸に差し支えるので、そこは要注意であるが。

年内中にとは言わないので多少遅れても帰省できればと思う。
1月中旬の通院までに戻って来られれば良いのだから。

2018年12月27日木曜日

オムロンHeartGuideのレビュー記事

オムロンからウェアラブル、スマートウォッチタイプの血圧計が来年1月8日の米国イベントCESで発表予定との事です。Gizmodeのレビュー記事が出ています。

Apple Watchよりホンモノな医療機器クラスのスマートウォッチ:オムロンHeartGuideハンズオン

first wearable blood pressure monitor: Omron HeartGuide

少々お高いですがApple Watch 4以上に正確な血圧測定ができる事が売りになっているようです。お高いと言いましたがApple Watch並みの値段ではあります。残念ながら血中酸素濃度(SpO2)は測定できない模様。日本での発売はいつになるでしょうか?


2018年12月25日火曜日

12月19日の通院。

今日は臨床腫瘍科の診察だった。

だが、取り立てて話すような事はなかった。
前回の通院でわかるように、診察前検査をしてその結果に異常がなければ次回診察までの薬をもらって帰るという流れなので、変わりようがないのだ。今年お世話になったお礼を述べ今年の診察は無事終えたのであった。

実は腫瘍科の診察の2日後、21日にも臨床感染科の診察を予約していたものの、予約時間をすっかり勘違いしていて「すっぽかして」しまった。気を取り直して1月の予約を改めて取りはしたものの今年最後の終わり方としては無念であった。もう今年の通院はない。

最近、痛みが激しくなっている。上腹部やら背中やらが日がな一日中ズキズキする。もちろん痛み止め(オキノーム)は飲むがすぐ効かなくなるので、本来レスキュー薬であるオキノームを一日中飲んでいるような状態になっている。

血糖値が高くもないのにだるくてどうしょうもなかったり、体の具合はどうも安定しない。さらに呼吸も息切れする事が以前よりも増えて来ている。歩いていて気が付くと「ハァハァ」している。その状態で馴染みのパン屋に行くと「走って来たんですか?」と聞かれる始末である。適当に話を合わせるがもちろん走って来た訳ではない。ゆっく~りと歩いて来たのですよ、パン屋さん。

いつ頃からか、2chをチェックしたりスマホゲームをしたりそちらに振り向ける己の力に余裕はまるでなくなった。ただ生活し、生活するだけでもギリギリになっている。

こうして何事もなくクリスマスは過ぎていった。


2018年12月17日月曜日

父の来訪。

私は今は東京に住んでいる。
子供の頃住んでいた田舎は東京から列車で数時間、その田舎から父がやって来てくれた。私を心配しての事だが数時間話しその日のうちに帰って行った。

そんな日帰り等という強行軍を高齢の父に強いてしまう事をまず申し訳なく思った。
それでも父は私の顔を見る事ができ「良かった、安心した。」と言ってくれるのだ。それに何と救われた事だろうか。

幸い今はまだ父も母も健在ではあるが、人の寿命とは残酷なもので、おそらくは10年程のうちに二人ともこの世界を去ってしまう。周りの人間がどれ程嘆こうと、子である私がどれ程嘆こうとそれは変わらないし変えられない。そして、厄介な病を患っている私もそうは長くは生きられまい。もしかしたら先に世を去るのは私の方なのかもしれない。

天寿により両親が、或いは病により私が、いずれが先に世を去るにしても最期の時には別れの気持ち、感謝の気持ち、過ごして来た人生への労い等、ちゃんと言葉を交わしたい。その時にどういう状況にあろうと、それだけは何とか叶えたいと思う。

それにしても私を生んでくれて、育ててくれて、家族として長い時を共に過ごし、今も心配し続けてくれる人に最期できる事がそれだけなら人の生とは何と無常なのだろうか。






12月10日の通院。

今日は臨床感染科の診察日だった。

かつて患った肺炎の治癒後の具合を引き続き診てもらっている。さすがに肺炎は完治していて気になる症状はもう残っていない。時にはわずかな時間の世間話で終わってしまうが、比較的若い先生で真摯に診て頂けるし、複数の先生に御意見を伺える機会は得難くもあり、ありがたく診察を続けて頂いているのだ。

11月21日の臨床腫瘍科の診察では良くなっているという診立てだったが、今日の臨床感染科の先生はCT画像を診ても、どうもそれ程明るい顔はなさっていない。何か気になる事がCT画像にあったのか、今年の感染科の診察は今日で終わりと思っていたのに、今年最後の臨床腫瘍科の診察の後で再度診て頂ける事になった。

ところで前回「11月21日の通院後の生活」で「普段の生活で注意すべきは痛み、血糖値、腫瘍そのものの悪化の3つ」と書いたが一つ抜けていた。

「呼吸困難」である。肺炎を患って以来、私の呼吸能力はめっきり落ちてしまった。少し負荷の高い動作をすると息切れがするのだ。この症状は確かに臨床感染科の領分に入るかもしれない。

近頃は手ぶらで歩く事が多く注意もしていたので息切れに襲われる事はまずなかったのだが、今日は注意していたのに途中で息切れして何度も立ち往生してしまった。思い当たったのはちょっと重い荷物を背負っていた事だった。要するに重いものを持ったり、速く歩いたり、階段を上り降りしたり、とにかく負荷の高い作業をしてはダメなのだ。

脚はマヒはあってもまだ達者なせいか、速く歩こうと思えば歩けてしまう...のだが、調子に乗って速く歩くと、いとも簡単に呼吸能力の限界を越えてしまう。しまったと思った時には既に遅く、動悸は激しくなり、どれ程必死に息を吸っても息苦しさは収まらない。いっそ荷物等をその辺に放り出してぶっ倒れてしまおうかと思う位で、陸で溺れるとでも言うべきか耐え難い息苦しさが続くのである。

以前既に書いていたかもしれないが、この息苦しいという症状は面倒で、例えば泣いたり涙が出たりで鼻が詰まった、顔を洗う際など何秒か息をしなかった等、普通に呼吸できない状態が続いても現れてしまうのだ。もはや泣く事もままならないのだ。

そこで、どれ程の助けになるかわからないが、外を出歩く際には血中酸素濃度を測定できるサーキュレーションとか呼ばれる機器や携帯できる小型の酸素ボンベをバッグに常に入れておこうかと思っている。

というよりも、そういった備えがなければ外を出歩く気になれない不安があるのだ。それは腫瘍の痛みと同様に二度と経験したくない痛さ、苦しさなのである。

という事で臨床感染科の次回診察は12月21日の予定である。

2018年11月26日月曜日

11月21日の通院後の生活。

21日の診察の結果は「良好」であったものの、痛みは最近活発になっている。

右わき腹、背中の右側、鳩尾(みぞおち)から右側、時には上腹部と、現われる箇所は様々だが上半身の右側はかなりの頻度でピリピリ、ビキビキ、ズッキーンと痛む。痛みが活発な時はオキノームを一時間毎に20mg程度服用して凌ぐものの、それでも追いつかない事もある。

オキシコンチンは今回の11月21日の腫瘍科の診察を受けて、試しに9錠から10錠に1錠増やしてみる事にした。0時、8時、16時にそれぞれ10錠400mg服用で1日トータル1200mgという飲み方である。9錠の時に比べれば10錠の方が量は計算し易くなった。

こんな感じで痛み止めに関しては次の診察までオキシコンチン、サインバルタをそれぞれ1錠増やして様子を見ている。もう相当な量を服用しているオキシコンチンはできればこれ以上増やしたくなかったが、お医者様もメサドンよりオキシコンチンの方が安心とおっしゃるし腹を括るしかない。

オキシコンチン、オキノーム以外ではリリカ、上で挙げたサインバルタという痛み止めを使っている。リリカは神経障害性疼痛、サインバルタは糖尿病性神経障害に対する薬で、痛み止めでも変わった効用を持つ。

薬が切れ欠けている時は四肢、特に前腕が押しつぶされているかのような痛みを感じる。まるで腕の血管をつぶされているような感じと言っても良い。それに加えてわき腹の痛みが続くと、上体を起こすような何でもない動作すら難しくなってしまう。

また、痛みで皮膚が敏感にもなるのか、衣服と皮膚が擦れるとゾゾゾゾゾーと何とも気持ちの悪い感覚が走るのだが、こうした症状を抑えてくれるのがリリカであったりサインバルタであったりする。

こうした薬の助けにより、少しでも良好な生活が送れるならと祈る気持ちでいるのだ。

さて、「糖尿病性...」というサインバルタの効用でわかってしまうと思うが私は痛み以外に糖尿病の症状にも悩まされている。

健康な方が血液検査をすると正常な血糖値は空腹の際に110mg/dl未満、HbA1cという検査値は4.4〜5.8%という値を示し、食事をしてもほぼ微動だにしない。

それが私の場合、血糖値は空腹の際に200mg/dl前後、食事をした後等で高い時は300mg/dlを越える事は珍しくなく、時には500mg/dlに迫る事すらある。HbA1cは8.0とか9.0とかそんな値なのだ。

食事にも注意し血糖値を下げるべく治療もしているのだが、糖尿病以外の症状の治療の副作用が逆に血糖値を上げてしまうためか、血糖値は思うようには下がってくれない。

そして血糖値の高い期間が数ヶ月、1年、2年と長くなるにつれて症状は体のだるさだけでなく、四肢の感覚マヒや痛み等に変わって来たのだ。

という事で、普段の生活で注意していかないといけないのはここまでで挙げた痛みと血糖値と肝心の腫瘍そのものの悪化の3つかなと思っている。
   




2018年11月22日木曜日

11月21日の通院。

診察日の前日である昨夜、明日は以下の事を伝えなければならぬと予習をしつつ就寝した。

  • 首のグリグリ。
  • 右ひざの関節のガタつき。膝で立つ等、膝に力をかけると痛い。
  • 左肩の関節のガタつき。痛みはないがゴキゴキ音がする。
  • 右わき腹にできた腫瘍が目立って来ている。触ると飛び上がる位痛い。
  • 血糖値が高くなっている。就寝時の血糖値が起床時も下がらず高いまま。

一夜明けて11月21日の今日はCT検査、臨床腫瘍科、内分泌代謝科の診察日だった。

事前に病院で血液検査と胸部X線検査を済ませてからCT検査のため別の場所に移動、無事にCT検査を終えて再び診察のため病院に戻るという忙しいスケジュールで丸一日病院で過ごす日となった。

まず臨床腫瘍科。
早速、上で挙げた右ひざと左肩の関節のガタつき、右わき腹に新しくできた腫瘍について訴えた。その場で確認できた事もあり症状はわかってもらえたが、だからといってやれる事は変わらない。
例えば右わき腹の腫瘍が生活が困難な程大きくなった際には放射線治療をしたり皮膚科に手術を依頼するといった対応をするにしても、それまでは可能な限り痛み止めで対応していくという事だった。

また検討していた痛み止めのメサドンは心電図検査も良くなかったのかやはり使用を見合わせるという事だった。痛み止めとしては今後もオキノームとオキシコンチンを使い、必要があればリリカやサインバルタを増量する等して対応していくという事だった。今回はサインバルタを2カプセル40mgから3カプセル60mgに増量した。

こうしていろいろ症状を挙げていくと病が悪化している印象を与えてしまうかもしれないが、CT検査の画像を確認してみると前回よりも実は良くなっている箇所もあり、むしろ「良くなっている。おめでとう。」と言いたい位だとおっしゃっていた。

だが自覚している症状では良くなっているという印象はなく毎度の事ながらこうした検査の結果と自覚症状の乖離は悩ましい。いくら痛みがあっても痛みは検査画像に写らず伝えられない。検査結果と自覚している症状の一体どちらが身体の状態を忠実に語っているのだろうか?

次に内分泌代謝科。
血糖値については最近悪化している気がすると伝えたが、やはり血液検査のHeA1Cの値も前回8.0台、今回9.0台と悪化しており、インスリンを増量する事になった。
かなり高い数値である。先生がおっしゃるには「前回からほぼ横ばいですから良く言えば悪化していないと言えるし、悪く言えば改善が見られないと言えますが、アフィニトールのように血糖値が上がってしまう薬とインスリンのように逆に血糖値を下げる薬の両方を使っている訳ですから。」との事で血糖値が高めになってしまうのは仕方がない所もある。

腫瘍科は12月に最後の診察を残し、内分泌代謝科の次回診察は年明けになる。こうしていつもの通り両手一杯の薬をもらって帰って来たのだった。




2018年11月9日金曜日

痛み止めの副作用...なのか?

これも先日10月24日の診察の際に話した事なのだが、オキシコンチンが切れかけるとこんな奇妙な症状に見舞われる事がある。

「夜中目が覚めた際に、口の中がパリパリに渇き甘酸っぱいような味で充満し、口の粘膜の表面はザラつき、粘膜と粘膜がペットリくっついてしまっている。更に口内だけでなく喉や腹の中もくっついてペッタンコになり中身がスカスカになっているような異様な感覚がある。それだけでなく膝から先にもまるで消えてしまったような喪失感がある。手の指は見えているためか喪失感はないが脱力感がある。追加でオキノームを服用すると症状は改善するが、オキノームはクリーム状になって口の粘膜に瞬時に吸収されるようだ。」

先生がおっしゃるには「そんな症状は聞いた事がないが、あなたの場合オキシコンチンの服用量がかなり多いから、もしかしたらそのせいかもしれない。」との事だった。

不思議な事にこの症状は寝ていて目が覚めた時のみ感じるものだ。起きている間、例えばオキシコンチンを飲む時間が遅れたような場合の症状は、まずズーンと身体が重くなって体を動かすのがしんどくなり、更に呼吸が早くなり発汗するといった風で症状は違ってくる。

いわゆる退薬症状(禁断症状)ではなく、この症状は副作用の可能性が高いと思う。そもそも8時間毎に服用するオキシコンチンの量が不足しただけで起こる症状なので退薬症状とはどうも考えにくい。

確かにオキシコンチンを含め、痛み止めの服用量は1gを越える結構な量になっているし、こんな症状があると服用量を増やす事はためらってしまう。これ以上オキシコンチンを増やすのは怖い。

提案されているメサドンに変えられるならそれも検討したいが、おそらく心電図はQT延長が出てしまうからメサドンへの変更は多分実現しないだろう。しかしメサドンがダメだとしたら他にどんな手があるというのだろうか?

最近は右わき腹の腫瘍のせいか突発的に痛みを感じる事が増えオキシコンチンに加えオキノームの服用量も増えている。これ以上痛みが強くならないよう望むばかりである。

2018年10月31日水曜日

10月24日の通院。

10月24日は臨床腫瘍科、内分泌代謝科の予約日だった。

毎度書いている事だが、診察は前回の診察から今日までで何か体調に変化があればまず報告し、次に診察前に受けた血液検査、X線検査等の結果を確認、最後に次回の予約と次回までの薬を処方してもらって終わる。今日もそうだった。

体調については一つ、首の左側に「グリグリ」がある事を報告した。そんなものは首の右側にはないのだ。先生はそれを触診した後、「リンパ節に転移したのかもしれない」と、それが冗談であれ本音であれ、聞いたら何とも反応に困るような事をポツッとおっしゃった。

そして、機を逸したと言うべきか、そのグリグリのように報告すべき症状が幾つかあったと家に帰ってからうかつにも気が付いた。

実は...1ヶ月くらい前から頭皮にかさぶたのようなものができている。それが未だに治る気配がない。もしかしたら乾癬の類かもしれないが何なのかわからない。それからわき腹の以前とは別の部位に腫瘍らしきものが出っ張って来ていた。皮膚をなぞるように触ると飛び上がる位痛く、触らなくてもその出っ張りと関連があるのか時々強い痛みが右上腹部、右わき腹、右背中にある。更に右膝と左肩の関節にガタつきがありゴリゴリと音がする。左肩に痛みはないが右膝は膝立ちになって膝に体重を掛けたりすると結構な痛みがある。これはもしかすると骨転移の兆候なのだろうか?

といった具合に安定しない体調との付き合いに四苦八苦しているうちに気になる症状が現われて来ていた。これは次回の診察の際には伝えないといけない。

それから痛み止めをオキシコンチンからメサドンに変えるか検討していた件については、心機能に異常(QT延長)がある患者の場合、最悪心停止する恐れがあるため改めて心電図検査を受けて欲しいと言われた。実ははっきり言われた訳ではないものの過去に受けた心電図検査で度々私の心機能には異常が見られたらしい。という事で心電図検査も即日受けて来た。しかし驚いた事にこのQT延長という症状も多発性内分泌腫瘍症(MENと略す)と同じく遺伝子疾患の可能性があるのだそうだ。

いろいろ盛りだくさんになりそうな次回の診察は11月21日、一か月後である。

2018年10月9日火曜日

Google+サービス終了との事。

50万人余りの個人情の流出の件と共にGoogle+の個人向けサービス終了が様々なニュースで報じられている。もっとも実際に終了するのは来年2019年8月末を予定しているそうだ。

私もこれまでGoogle+を使っていてBloggerとも連携させていたのだが、既に終了が決定したならと、今のうちにGoogle+アカウントを削除する事にした。

Google+ヘルプ:Google+ プロフィールを削除する

プロフィールを始めGoogle+が関わっていたものは全て消え、Bloggerの画面もすっかり綺麗になった。

こうなるとBloggerの終了がアナウンスされる日もそう遠くないかもしれず、いっそブログの引っ越し先を探した方が良いのかもしれない。Googleのサービスなら後々まで安泰だろうと考えBloggerを選んだのだが中々思うようには行かないものである。

2018年10月4日木曜日

2ヶ月空くも変わり映えなし

前回から2ヶ月空いた。

書くのを怠けた...というよりも日々変わり映えせず書ける事がなかった。それに加えて体調の波の低い時期、体調の悪い時には身体を起こすのもしんどくBlogを書く等ムリだった。

薬を飲む必要があるにしても、体調が良い時はウソのように体が動く。しかしその状態が何日か続くと体調は下りはじめ、ついには上体を起こすのもしんどい布団に横になるばかりの日になってしまう。

体調が下り始めるきっかけは他愛ないもので食事を一食食べないとかそんなものである。それが次は2食食べず、さらに一日食べられなくなり、ついには立ち上がれなくなる。

その状態で過ごすのは3日、4日が限界で、それに家に食べる物がない状態と重なってしまうと、限界を越える前に意を決して近くの店に買い物に行かなくてはならない。足取りをフラフラさせながら息も絶え絶えにである。

結局、この2ヶ月そうした体調の波が続いていた。

幸い、ここ2週間程は体調が比較的に良い状態が続いている。
そして直近の腫瘍内科の診察は9月26日にあった。

そちらも幸いに血液検査、X線検査共に前回の診察より悪化は見られず、型通りの診察で済み、いつも通り抱える程大量の薬をもらって帰って来た。

体調は安定しないにせよ病が悪化しないのはありがたい事だ。
次回の腫瘍内科の診察は10月24日、それまではまた体調を管理して過ごす事になる。



血中酸素濃度(SpO2)が測定できるスマートウォッチ

自分の病気のせいだろうが普段の生活で息苦しさを感じる事が増えて来た。

小走り以上で走るのはもうムリ、階段も1階から2階に上がるのがぜいぜいでそれ以上頑張ると呼吸が追い付かなくなる、そんなこんなで自分の心肺機能をチェックできる器具が欲しいと思うようになった。

病院なら看護師の方達が持っていたりするその器具はどうやら「パルスオキシメーター」というものらしい。日本のAmazonサイトで値段を調べてみると一万円程度はする。もちろん値段は製品の性能や機能によりピンキリだ。

そうした器具はたいていクリップで指を挟んで測定するもので、日常ずっと測定できるものではない。しかし今はスマートウォッチという製品が世に登場する時代、Apple WatchやFitbit製品に代表されるように心拍数であれば測定できる(又はできる予定)ものもある。そこで血中酸素濃度(SpO2)を測定できるスマートウォッチタイプの製品がないものか探していた。

その結果、一つだけだが見つける事ができた。かつてKickstarterで”FitOn”という名前で開発が計画されていた製品、それと同型と思われるものがどういう事情からなのか中国の「L8Star」というメーカーから発売されていた。

Kickstarter: FitOn 血中酸素飽和度が計測可能なスポーツヘルスウォッチ

それを中国の通販サイトAliExpressから取り寄せてみた。まだ使いこなせていないが、歩数、歩行距離、消費カロリー、心拍数、血中酸素濃度(SpO2)等の測定ができるのは確認できた。スマホと連携させるとそれぞれの測定値をグラフとして表示もできる。SpO2についてはまだApple Watch 4でも実現していない、これが現時点で唯一の製品ではないかと思う。

その後も通販サイトを眺めていると、11月11日(独身の日)のセールが迫って来ているせいかSpO2の測定を売りにする製品も続々と発売されているようだ。中国の通販製品は必ずしも製品の説明が正しいとは限らず話半分で考えないといけないものもあるので要注意だが、こうもSpO2測定ができる製品が増えて来るとFitOnの栄華も三日天下だったと言えるのかもしれない。

SpO2等の測定については、ユーザーがその都度測定する”Dynamic”と呼ばれる測定方法と製品がユーザーが意図しなくても自動的に測定し続けてくれる"Static"と呼ばれる測定方法があり、SpO2測定できるとうたう製品でもDynamic測定はできてもStatic測定はできない製品が結構多い。そこまでの詳細は製品説明にも書かれておらず見極めが必要になる。

FitOnもSpO2のStatic測定については完全とは言えず、現状では夜間0:00から06:59まで時間固定の7時間の測定しかできないので、将来的にアプリのアップデートで24時間続けての測定を実現してくれる事を期待している。このようにSpO2のStatic測定が夜間に限られているのは、元々FitOnが睡眠時無呼吸症候群の治療に役立つ事を狙っていたためらしい。

FitOnについてちょっと説明すると、この製品はCPUにNordic 52832、SpO2センサーに脈拍数/心拍数及び血中酸素濃度の測定用に特化したOSRAM SFH7060というセンサーを搭載していて、そのためSpO2測定が可能になっている。アプリケーションHBand/HBand2.0は他社の製品と共用でFitOnに特化したものではないためか完成度は高いとは言えず2つのセンサーを持つハードウェアを十分に生かしているとは言えないのが残念な所である。

また乱暴な言い方になるが、SpO2測定等についてこうした製品が医療基準を満たしている事を必ずしも求めている訳ではない。多少測定値の精度が劣ろうと参考値としてわかるならそれで充分、御の字なのだ。実際どの製品にも医療機器として扱わず測定値は参考値に留めて欲しいという断り書きがついている。そんないい加減なレベルの製品は出せないという事なのか日本の製品では中々出て来ない。

とは言え日常生活で「今すぐ」SpO2を把握したいと望む自分の最低限のニーズはこれで満たす事ができている。それを実現してくれた中国製品には感謝する他ない。

2018年8月3日金曜日

再び肺炎になりかけるも持ち直し。

7月下旬、臨床腫瘍科と臨床感染科の診察が続け様にあった。

まず腫瘍科。

痛み止めの服用量がほぼ一日1000mg(=1g)を越え、そのためオキシコンチンに代わりメサドンという薬を検討しているという話だった。

調べてみると、そのメサドンという薬は服用後どれ程効果が続くのか判断が難しい薬らしく、それが昔からある薬であるのに後発のオキシコンチン程普及していない理由なのかなと思った。病院でもメサドンを扱える医師は多くはないという。

もっとも今の所はオキシコンチンで何とかなっているので、すぐメサドンに切り替えるという事にはならないかもしれない。

メサドンは様子見として今回はサインバルタ(デュロキセチン)という薬を処方してもらう事になった。この薬は不安を和らげる効用があり精神病薬として知られている薬らしいが糖尿病性神経障害による疼痛にも効く薬で、そちらの効用に期待して試してみる事になった。

それよりも血液検査とCTの結果、炎症の度合いを示すCRPの値が7近くまで上がっていて、また肺炎になりかけているという...しかしタイミングの良い事に数日後は感染科の診察である。

そして数日経って今度は感染科。

診察の直前の何日かやはり具合が悪く寝込んだが、感染科の診察のため必死で病院に行った。ふらふらしながら改めて血液検査、胸部X線検査、喀痰検査を受け、ようやく診察となったが、CRPは0.6とほぼ正常値で、なりかけていた肺炎は既に治っていたのだった。

喀痰検査だけ結果が出るまで時間がかかったため、近日中に感染科の診察を再度受ける予定だが、肺炎は今回何とか回避できたようだった。

これを書いた今は8月上旬だが、久しぶりに体調良く過ごせている。
実にありがたい事である。

2018年7月8日日曜日

七夕の日に薬を一錠増やすの巻。

七夕の日、7月7日の夜は夕刻から強い痛みに苦しめられた。
まだオキシコンチンを飲む時刻には間があり、レスキュー薬のオキノームを飲むしかなかったのだが、いくら飲んでも痛みは治まらなかった。そうやって何度か服用した後、いつの間にか寝てしまったようで目が覚めたのは深夜2時、幸いその時には痛みも治まってくれていた。

治まっていたとは言え、再びそんな強い痛みに堪える気分にはなれず、できるなら増やさずにいたいと抗っていたのだが、服用するオキシコンチンの量を増やす事にした。

服用するオキシコンチンの量を1回8錠から9錠にする。
一日の総量はこれでほぼ 40(一錠mg)x9(一回の服用錠数)x3(一日の服用回数)+200(レスキュー薬分) = 1280(mg) である。

前回腫瘍科の診察の折、先生は服用するオキシコンチンの量について「これでグラムになるから他の薬も検討する必要が出て来るかも...」とおっしゃっていて、その時はグラムが何の事かわからなかったが、どうもそれはオキシコンチンの一日当たりの総量が1000mg(=1g)を越えるからという意味だったらしい。
家に帰って来てからネットで調べたものの、1000mg越えると薬の処方を変えなくてはならないといった事はわからなかった。

この身体の調子だと次回の診察の際にはその辺りを聞く必要が出てくるだろう。
今飲んでいる薬で痛みに堪えて日々過ごしていくのは難しくなって来てしまったようだ。


2018年5月31日木曜日

5月30日の通院。

今日は臨床腫瘍科、内分泌代謝科の通院だった。

先日の左ひじの強烈な痛みの件を話題として話したものの、それがX線の画像や血液検査の結果に現れる訳でもなく、つまり打てる手がある訳でもなく、ただ話をして、それから次回診察までの薬をもらって来ただけに終わったのだった。

検査結果に現れないと言えば痛み等もその類だが、先日左ひじを見舞った程の強い痛みはそうそうないにしろ、あの痛みの襲来以来、右胸の深い所にズキズキと鋭めの痛みを感じる事が多くなり、そのためオキノームを定期的に服用するようになった。こうなると定期服用しているオキシコンチンを増量する日は遠くないだろう。

痛みがなくとも体は普通には動かない。痛みに耐えているのか上腹部には絶えず力が入っているし、起き上がるとか腕を伸ばすとか生物として何でもなくできるはずの動作がもうしんどくて仕方がない。できないのではないが楽にはできないのだ。

こういうネガティブな事ばかり書いても気が滅入るかもしれないが、それが病と同居している人間にとっての事実なのだ。健康な人が気づかない病人の事実をせめて書き残して置きたいと思う。多分もう長くは書けないだろうから。

2018年5月21日月曜日

久しぶりの強い痛み。

久しぶりに強い痛みが出て一晩苦しんだ。左腕の肘がひどく痛んだ。

オキノーム、オキシコンチンという強力な痛み止めのおかげでこの2、3年は悪性腫瘍の強い痛みとは無縁でいられたが、これ程強い痛みは実に久しぶりだった。

しかし良く言われる放散痛は左肩だし、左の肘とはどういう事なのか?
多分、指が何本か動かない左手の症状と無関係ではない気はする。
腕の筋が引きつったような痛みだ。また右のわき腹にもピリピリと相当な痛みがある。

一人暮らしなので遠慮なくうめき声をあげながら、オキノーム一包10mgを一度に2包ずつ15分置きに痛みが我慢できるレベルに落ちるまで続け様に飲んだ。おそらく20包近く飲んだから比較的短時間に200mg位の量を服用したはずだ。それ以上は薬の副作用か吐き気を感じたので飲むのを止め布団に横になっていた。そのまま寝てしまい気がつくと朝になっていて、痛みも我慢できる程度に収まっていた。

次回の通院がいつだったかそれまで痛みを我慢できるなら急がず予定通りの通院、更に痛みが悪化したり我慢できないようなら予約なしで急ぎ病院に行く必要がある。取り敢えず痛みは収まってくれたようだ。

ここしばらくは体調も変化なく過ごせていたが、連休明け辺りから悪化の兆しはあった。久しぶりの痛みは正に病の悪化を示しているのかもしれない。
















2018年4月12日木曜日

4月11日の通院。

今日は臨床腫瘍科の診察だった。

ここ7週間程の間、体調が苦しく日常生活を普通に過ごすのが難しい日が続いた。
買い物、通院等は何とかこなせていたが、腫瘍の痛みにうまく対応できなかったのか、立ち上がるとか、立ったら立ったで立ち続けるとか、そういった普段の生活の何気ない動作が苦しく横になっている時も多かった。

以前そういう症状に見舞われた際はオキシコンチン(痛み止め)を増やして切り抜けた事もあったので、今回もそうしてはみた。1回6錠から7錠へ増やしてみたのだ。一日に服用する痛み止めの量は40mg(1錠)x7(1回服用錠数)x3(一日当たり服用回数)=840mgになった。それで数日は良かったのだが今回は体調は再び悪い状態に戻ってしまった。

アフィニトールは現在1日5mg服用で、まだ服用量が上限に達していなかったので、今回の診察で話した結果、1日10mgに増量してみる事になった。それでやれる治療は全てやっているという状態にはなる。

食事の直後に首のつけ根の鈍痛、手足の感覚マヒ、胸やわき腹の痛みと膨張感が一気に激しくなって横になっている他ないような状態になる。インスリンとその他の薬を飲んだら後は症状が落ち着くのを待つ他ない。

診察の度の検査では血液検査の値もX線の画像も悪化の兆候はないが、上記の症状が示すように病の勢いは衰えていない。今回増やしたアフィニトールが効いてくれたら良い。
しんどい毎日を過ごしつつも、それが微かな希望である。

2018年3月18日日曜日

3月14日の通院。

今日は臨床腫瘍科の通院日だった。

何も特別な事はない。前回の診察から今日までの数週間の身体の具合、血糖値の変動、痛みの有無等を説明し、診察前に受けた血液検査とX線検査の結果を確認して、次回の診察の予約、次回診察までの薬を処方してもらい終わる。

最近は食欲が旺盛で困っている。血糖値云々は抜きにして体重が増えてしまうのだ。かつてはいくら食べても体重は変わらなかったというのに、1年程前僅か2ヶ月程の間に15kg位一気に増え、その後はまた変わらず過ごせている。それでそのままならまだマシなのだが時々増加気配を見せる。既に70kg目前で何とかそれを越えないよう腐心している。増えると血糖コントロールも呼吸困難も悪化してしまう切実な問題なのだ。ここ数週間アフィニトールを止めていたのが食欲旺盛となったの原因かもしれないが真偽の程はわからない。

それ以外だと手足のしびれ、マヒの症状がどうも強くなっているように感じる。数時間おきに痛み止めを服用しているので普段はわからないのだが、朝起き抜けなど薬が切れかかっている素の状態では手足に加え背骨に沿って上半身がのけぞって肩が突っ張るような感じで体が動かないし顔面の筋肉もこわばっているのがわかる。痛みどころかそんな症状を消してくれるのだから痛み止めとは有り難い薬である。

次回の臨床腫瘍科の診察は少し空いて1ヶ月程先だ。それまで何とか無事に過ごしたい。

2018年2月28日水曜日

2月26日の通院 - 検査入院の結果。

臨床感染科の通院日だった。
先日の気管支鏡検査の結果が判明する日である。

だが早速だが検査の結果は異常なしとの事だった。
更に詳しく言うと検査で判明した数値で何一つ異常な値はなかったと言われた。アスペルギルス真症を始め感染症の可能性、様々な肺炎の可能性、カルチノイド等腫瘍の転移の可能性のどれもなかったと言う。敢えて言えば間質性肺炎の可能性はわずかにあるかもしれないとの事だった。

ではそもそも最初から異常はなかったのではないかと聞くと、X線検査やCT検査の結果から異常は明らかにあったと言う。何ともキツネにつままれたような話であった。

だが階段の昇降でも痛感するように呼吸能力は落ちて来ているし、突発的に身体の痛みを感じる事も増えて来ているし悪化しているという自覚症状はあるのだ。長年の治療で身体が衰えてしまっているという事なのか?素人考えながらそう思った。

という事で、大山鳴動して鼠一匹とも言うべき日々が過ぎたのであった。





2018年2月24日土曜日

2月21日の通院。

今日は臨床腫瘍科、内分泌代謝科、歯科の通院だった。

まだ臨床感染科での検査入院の結果が聞けていないので2月26日まで動きはない。
実際、臨床腫瘍科の先生のお話しでも臨床感染科から連絡、相談等はなく、検査入院の結果はわからないという事だった。

診察前に受けた検査の結果も、X線の画像は前回とたいして変わらず右肺下部には白い影がかかったまま、血液検査の結果も問題はなく、次回の診察まで様子見という風で終わった。アフィニトールの服用停止も継続である。

いずれにしても気管支鏡検査の結果が判明するまで待ち状態が続く。
2月26日が待ち遠しい所である。

2018年2月17日土曜日

検査入院。

今週は2月13日から2月15日まで入院し、2月14日に気管支鏡による検査を受けて来た。

検査当日は朝食後の飲食を控え午後に行われる検査に臨む事になる。
検査前には、まずストレチャーの上で痰等を減らす硫酸アトロピン等を筋肉注射をしてから内視鏡室に入室し、喉の局所麻酔のためキシロカインという苦い薬を口から喉の奥に霧吹きし、呼吸の吸って吐いてのリズムに合わせて薬を吸って、咽頭と気管に入念に麻酔を掛けたが、肝心の検査自体は10分程度の短時間で終わった。

検査が余りに短時間であったためか、静脈麻酔(ドルミカム)が検査中に掛かっていたからか検査中の記憶はどうも定かではない。実は気管支検査を受けたのはこれが3回目で以前の検査では検査中もっと苦しかった覚えがあったのだが今日はどうも拍子抜けする程、楽に感じられた。

検査の結果は今日のうちにわかるものではないが、次回の臨床感染科の診察の際には判明しているだろう。もしかしたら臨床腫瘍科の診察がその前にあるので、その際にも何か速報を聞けるかもしれない。

検査が終わった後も口の中はどうも苦いままで、体調は戻って来なかったが、翌日にはすっかり元に戻ったのだった。

2018年2月11日日曜日

2月5日、2月9日の通院。

1月26日に続き、いずれも臨床感染科の診察だった。

ここの所、胸部X線画像の右肺下部の陰の原因がどうもはっきりせず悶々とした日々を過ごしていたが、ついに来週、気管支鏡で検査するため数日入院する事になった。
来週はヴァレンタインデーという人生における一大行事が控えるが致し方ない。

何らかの肺炎なのか、悪性腫瘍の悪化なのか、これで決着が付くはずだ。

2018年2月1日木曜日

1月31日の通院。

今日は臨床腫瘍科の通院だった。

先週の臨床感染科の診察結果から今回の病変は肺炎の類ではなく胸腺カルチノイドの悪化である可能性が濃厚になっている。とは言え濃厚と言っても疑いでしかなく、腫瘍の増悪と確定してもいないし、恐らくはやれる治療もないのだ。

腫瘍の悪化とするとアフィニトールが効かなくなっている可能性があるので、取り敢えず次回の診察までの三週間、アフィニトールを止めて様子を見る事になった。

それから呼吸困難についてはパルスオキシメーター(先生はサーキュレーションと呼んでいた)血中酸素濃度を測ってみると93%から96%を示していた。負荷の高い作業すると更に下がる訳で、呼吸困難になるのもうなずける数値である。これも三週間様子をみる事にする。先生は酸素ボンベの導入に割と前向きであったが、こちらはどんな手続きが必要かわからず見当がつかない。

ガンの痛みもそうだが、呼吸困難の陸でおぼれるとでも表現すべき苦しさは経験すると一発で気持ちをへし折られ弱気になってしまう。ガンの痛みも呼吸困難の苦しさも生物であればあの痛さ、苦しさに耐えられるものはおるまい。

という事で次回の診察は2月21日である。


2018年1月26日金曜日

1月26日の通院。

15日、19日、22日に続いて臨床感染科の診察だった。

今後の治療方針について、感染科の先生は他科の先生方とも相談してくれたらしい。そして私の肺の異常は感染性の肺炎、アスペルギルス真症というよりも原病である胸腺カルチノイドの増悪(ぞうあく)であると思われる事、そのため当初検討していた気管支鏡での検査は見合わせる事にしたと話してくれた。

私の方からは雪かき等、負荷の高い運動をした際、これ以上は耐えられないと思う程息切れが激しくなる事があり、いっそ酸素ボンベを使えないかと思う程でそうした場合良い治療方法はないか、またアフィニトールを中止するという指示は腫瘍科の先生からなかったかと聞いてみた。

息切れについては激しい作業をしないよう注意する他ない、アフィニトール中止は腫瘍科の診察の際に聞いて欲しいというお応えだった。

さて肺炎の治療はそれはそれでかなり苦しいものだが、今回の病変が肺炎ではなく仮にカルチノイドの悪化とすると、それはアフィニトールが効かなくなった事を意味し、患者にとっては甚だ残念な結果となる。肺炎とカルチノイド、どちらであれば良かったのか何とも言えない状況だが、次回の臨床腫瘍科の診察を待つ他ない。

次回、臨床腫瘍科の診察は31日である。

2018年1月22日月曜日

1月22日の通院。

15日、19日に引き続いて臨床感染科の診察だった。

19日の血液検査で診察に間に合わなかった項目は間質性肺炎を判断するためのものだった。その項目の結果が出たようで、今回の異常は間質性肺炎でもなさそうだという事だった。

誤嚥性、感染性、間質性と肺炎の可能性はどれも否定されたので残るは結核、悪性腫瘍(胸腺カルチノイド)の悪化辺りだが、次回の診察26日までには治療チーム内でも相談し治療方針をはっきりさせたいというお話しだった。

という事で次回は26日である。

ところで診察が終わり病院を出ると外は雪が吹雪いていた。雪も10cm程度積っており脚にマヒがあってまともに歩けなくなりつつある私は何度も転ぶハメになった。

「あ、転ぶな?」と分かっても、もう脚は思うように動かない。そこで転ばない事よりもうまく転ぶ事に注意する。今日のような天気では、もはや出歩くべきではないという事を身を持って学んだのであった。

2018年1月20日土曜日

1月19日の通院。

15日に続き臨床感染科の診察日だった。

採血、喀痰、胸部X線と事前検査を済ませ診察を受けたが、血液検査で診察までに処理が間に合わなかった項目があり結論は持ち越しとなった。22日に再び診察である。

感染性の肺炎、薬の副作用による薬剤性の肺炎(間質性肺炎)、結核、持病である悪性腫瘍(カルチノイド)の増悪、それ以外と今回の症状が何なのか候補は挙がるが絞り切れていない。血液検査にて炎症の度合いを示すCRPは15日の値よりも増加している。

という訳で次回は22日である。






2018年1月16日火曜日

1月15日の通院。

今日は臨床感染科の通院だった。

X線の画像を診て、前日の他科の先生と同じく、感染科の先生もやはり肺炎を疑われた。
X線に加えCTまで撮り、更にタンの検査までしたものの、しかし症状として咳も発熱もなく肺炎とは明言できないようだった。

そこで五日後に改めて診断する事になり、それまでは抗生剤を服用し、それから通院当日、通院前日のタンを採取して持参する事になった。

かつての肺炎の治療の日々を思い出す。
あの頃の悪夢よ再びである。


2018年1月11日木曜日

1月10日の通院。

臨床腫瘍科と内分泌代謝科の今年最初の診察だった。
年始のあいさつもそこそこに年末年始の間の報告をする。

痛み止め、オキシコンチンを600mgから720mgに増量した結果、明確に良くなった感はなかったが悪くもなく、しばらくは720mgで続けてみたいと伝える。それから漢方薬の痛み止めである芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は今後は止められないかと話した。

実の所、年末年始の間は芍薬甘草湯は服用していなかった。それはこの薬が本来長期に服用する性質の薬ではなく、必要以上に長期服用すると症状が悪化する可能性もあるからで、当時苦しんでいた脚のしびれがそのせいではないかと疑ったからだ。実際、服用を止めたのが良かったのかその鈍痛にも似た脚のしびれ症状は改善した。その代わり痛みの感じ方が変わったのか、鈍痛として鈍く感じていた痛みを鋭く感じるようになった。痛みの鮮明さが増したと言ったらわかってもらえるだろうか。

それ以外ではX腺の胸部画像が全体的に薄っすらと白がかっていた。自覚症状はなく身体の炎症反応を示すCRPはほぼ正常値だったが、肺炎の可能性もなくはないようだ。何かあったらすぐ連絡するようにと先生には言われた。要注意である。
幸い、次回の通院は臨床感染科である。肺炎疑いとしては好都合であろう。

といった具合で袋いっぱいの薬を抱えて帰って来た。


2018年1月6日土曜日

明けましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

正月が訪れ、正月が過ぎた。
正月とは言え何か特別な事があった訳ではない。
体調を安定させる事に注意し数日を過ごしただけである。

田舎には帰らなかった。体調の安定具合からすれば、思い切れば帰るだけなら帰れたかもしれない。しかし帰省した先で体調が急変した場合に対応しおおせるものか結局不安を拭い切れなかったのだ。

ここ数年は、毎度の事ながら来年の正月を迎えられるか定かではない状況が続いている。今年もそうだ。今年はどうなるのだろう。一年を過ごし切れるものだろうか?
そう考えながら今年も正月は過ぎていった。